過大

 法人税法上、役員に対する退職給与の取扱いについては基本的には事業遂行上の経費として損金性を有するものとされています(法法34①かっこ書)が、その損金算入については若干の制限が設けられています。

 すなわち、役員退職給与のうち「不相当に高額な部分」の金額は損金の額に算入されないことになっています(法法34②)が、「不相当に高額な部分」とは、当該役員が、①法人の業務に従事した期間、②その退職の事情、③類似法人の役員退職給与の支給状況などに照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう(法令70二)ものと定められています。

 なお、退職給与の額が過大であるかどうかを判定する基準として、上のように3つの基準が例示されていますが、実務上、最も重視されるのは、③類似法人の役員退職給与の支給状況との対比です。そして、この類似法人の役員退職給与の支給状況を斟酌して退職給与の適正額を判定する場合には、「同業類似法人の選定」と「具体的な判定方法」である「功績倍率法」と「1年当たり平均額法」のあり方が問題となります。

役員退職給与適正額の算定方法

 役員退職給与適正額の算定方法には、一般に、以下に挙げる平均功績倍率法、最高功績倍率法及び1年当たり平均額法があります。

ア 平均功績倍率法
 平均功績倍率法は、①退職役員に役員退職給与を支給した当該法人と同種の事業を営み、かつ、その事業規模が類似する法人(以下「同業類似法人」という。)の役員退職給与の支給事例における功績倍率の平均値(以下「平均功績倍率」という。)に、当該退職役員の②最終月額報酬額及び③勤続年数を乗じて役員退職給与適正額を算定する方法です。

 役員退職給与適正額 = 平均功績倍率 × 最終月額報酬額 × 役員勤続年数

イ 最高功績倍率法
 最高功績倍率法は、①同業類似法人の役員退職給与の支給事例における功績倍率の最高値(以下「最高功績倍率」という。)に、当該退職役員の②最終月額報酬額及び③勤続年数を乗じて役員退職給与適正額を算定する方法です。

 役員退職給与適正額 = 最高功績倍率 × 最終月額報酬額 × 役員勤続年数

ウ 1年当たり平均額法
 1年当たり平均額法は、①同業類似法人の役員退職給与の支給事例における役員退職給与の額をその退職役員の勤続年数で除して得た額(以下「1年当たり役員退職給与額」という。)の平均額に、②当該退職役員の勤続年数を乗じて役員退職給与適正額を算定する方法です。

 役員退職給与適正額 = 1年当たり役員退職給与額の平均額 × 役員勤続年数

同業類似法人の選定

 類似法人の選定に当たっては、過去の事例では以下のようなことが考慮されています。

  • 業種については、日本標準産業分類の大分類ないし中、小分類における同一性
  • 事業規模については、資本金額、売上金額、総資産価額、所得金額等の類似性。特に、売上金額の倍半基準(争われている法人の売上高の2倍の額、2分の1の額の範囲内の法人)が算定基準となることが多い
  • 地域的については、立地条件、経済事情の共通性
  • 退職状況については、常勤か非常勤か、普通退職か死亡退職か等の同一性
  • 調査対象事業年度について、国税通則法所定の不服申立て又は行政事件訴訟法に基づく訴訟が係属中でないこと

 役員退職給与の適正額が争われた岐阜地裁平成2年12月26日判決(税資181号1104頁)では、被告であるY税務署長が、原告であるX会社と同じ所轄税務署管内及び地域的経済性に鑑み近隣税務署管内において、X会社と同種の事業を営み、かつ、X会社と同様な規模等を有するということで、次の基準を満たす法人3社を類似法人として抽出しましたが、同判決は、合理性が認められると判断しました。

  • 昭和58年6月1日から昭和60年5月31日までの間に役員である代表者等が退職していること。X会社の創業者であり代表者であった甲の退職時は、昭和59年5月であった。
    (注)代表者等とは、法人の代表者(実質上代表者であると認められる者及び代表者に準ずる者を含む。)で、かつ、その法人の創業者又は準創業者(15年以上代表取締役の職にあつた者)をいう。
  • 当該役員に対し、退職金等が支払われていること(未払計上を含む)。
  • 日本標準産業分類(行政管理庁)の分類項目表による大分類F-製造業のうち、中分類28-金属製品製造業から32-精密機械器具製造業までの間に含まれる事業を営んでいること。X会社の営んでいる事業は、中分類29-一般機械器具製造業に含まれていた。
  • 当該役員の退職事業年度及び前2事業年度の平均売上金額が10億円を超え80億円以下であること。X会社は、いずれも15億円台であった。
  • 当該役員の退職事業年度及び前2事業年度の平均所得金額が赤字であるものを除くこと。X会社は、3,544万円余から2億6,204万円余であった。
  • 当該役員の退職事業年度直前の事業年度の総資産価額が8億円以上であること。X会社は、16億9,109万余であった。
  • 当該役員の退職事業年度直前の事業年度の資本金額が1億円以下であること。X会社は、9,000万円であった。

 なお、実務上、類似法人の選定を納税者側が主体的にできないところに問題があります。東京地裁平成25年3月22日判決(税資263号-51(順号12175))では、退職給与の適正額の判定について、主として、平均功績倍率法を適用すべきか、最高功績倍率法を適用すべきかが争われたのですが、その前提として、類似法人の選定が問題とされました。被告である国は、原告であるX会社が所在する長野県を管轄する関東信越国税局管内から、主として、売上金額を基準としてX会社の売上金額に対し倍半基準によって類似法人を選定しました。これに対し、X会社は任意会計人団体が発行するデータから類似法人を選定しましたが、前掲東京地裁判決は、国側の主張を容認しました。

平均功績倍率法が採用された事例

 多くの判決・裁決で、平均功績倍率は、役員退職給与として相当であると認められる金額を算定するための合理的な指標と判示され、採用されています。平均功績倍率法が採用された事例としては、東京高裁昭和49年1月31日判決(税資74号293頁)、最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決(同80号259頁)、東京地裁昭和49年12月16日判決(同77号675頁)、東京高裁昭和51年9月29日判決(同89号777頁)、長野地裁昭和62年4月16日判決(同158号104頁)、東京地裁平成25年3月22日判決(平成23年(行ウ)第421号、東京地裁令和2年2月19日判決(平成28年(行ウ)588号))等数多くがあります。

 東京地裁昭和55年5月26日判決(訴務月報26巻8号1452頁)において示された(当時の)全上場1,603社の実態調査の結果から算出される功績倍率の平均は、社長3.0、専務2.4、常務2.2、平取締役1.8、監査役1.6というものでありました。この結果を受けてか、実務において法人の代表者が退職する際に支給する退職金は、功績倍率3.0を目安にされることが少なからずあります。

 ただし、勤続年数34年の創業者でもある元代表取締役に対して、平均功績倍率1.06という一般的に低いとされる数値が認定された 東京地裁令和2年2月19日判決(平成28年(行ウ)588号)や、1.9(平成19年11月15日裁決・裁事74集146頁)や1.18(東京地裁平成25年3月22日判決・税資263号-51(順号12175))といった例があり、判決、裁決となってしまうと平均功績倍率が「1.〇〇」と認定されてしまうリスクはあります。

 名古屋地裁平成2年5月25日判決(税資176号1042頁)では、平均値を採用する論拠として、次のとおり判示しています。

「原告主張のように最高の功績倍率値をもつて比準する方式によると、比較法人の中にたまたま不相当に過大な退職給与を支給しているものがあつたときには明らかに不合理な結論となるし、抽出された比較法人の功績倍率の平均値を算出することによって、比較法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値が得られるのであるから、平均値を用いることは、法令の規定の趣旨に沿うものであり、合理的であるというべきである。」

 しかしながら、「類似法人の平均的な退職金額であるということはできるとしても、それはあくまでも比較的少数の対象を基礎とした単なる平均値であるのにすぎないので、これを超えれば直ちにその超過額がすべて過大な退職給与に当たることになるわけでないのは当然であり、したがって、被控訴人(課税庁)主張の右平均功績倍率に依拠して算定された金額をもって、これのみが合理性を有する数額であるとするのには無理がある。」(仙台高裁平成10年4月7日判決・税資231号470頁)と解すべきであり、次に説明する最高功績倍率法が適用される場合がままあります。

最高功績倍率法が採用された事例

 最高功績倍率法が採用された事例としては、東京地裁昭和51年5月26日判決(税資88号862頁)、東京高裁昭和52年9月26日判決(同95号597頁)、東京地裁昭和55年5月26日判決(同113号442頁)、東京高裁昭和56年11月18日判決(同121号355頁)、最高裁昭和60年9月17日第三小法廷判決(同146号603頁)等があります。ただし、類似法人における功績倍率の最高値をもって適正額が判断されている事例について見てみるに、その最高値を適用しても当該課税処分が維持される、比較法人の選定が必ずしも適切でない等という消極的な理由によって援用される場合が見受けられます。

 東京地裁昭和55年5月26日判決(訟務月報26巻8号1452頁)では、不動産の売買及び仲介幹旋等を業とする原告法人が、退職する役員4名に対し、それぞれ1,500万円、合計6,000万円の退職給与を支給したところ、被告S税務署長は、近隣の類似法人から7法人を選定し、その7法人における退職役員13名を抽出し、その退職給与に係る功績倍率(平均は1.9、最高は3.0)を求め、原告に最も有利となる比較法人の功績倍率の最高値である3.0をもって相当とし、この倍率に基づき、本件退職役員4名の退職給与の適正額の合計を180万円と認定し、退職金の合計額6,000万円のうち、180万円を超える5,820万円は過大な役員退職給与に当たるとして損金算入を否認する課税処分を行ったため、その適否が争われたところ、同判決は、次のとおり判示しています。

「認定の事実によれば、右比較法人の選定基準は不十分のきらいがないではない(事業規模が類似する法人を抽出するには資本金額だけではなく総資産額、売上金額等も選定の基準とするのが望ましい。)が、(省略)抽出された7法人の期末総資産額及び売上金額を原告のそれと比較すると前者は0.6倍(A社)ないし10.8倍(G社)、後者は0.4倍(F社)ないし11.8倍(G社)であつて、ばらつきが大きいものの、これらの金額と功績倍率の大小との間には顕著な相関関係は見出し難いのであり、従って少くとも右比較法人の功績倍率の最高値を基準として退職給与金額の相当性を判断する限りにおいては右選定基準の不十分さの故に右判断の合理性が失われるものではない。そして、抽出された比較法人及び退職役員の数も資料の客観性を担保するに足りるものであるから、右退職役員の功績倍率の最高3.0を基準として原告の退職役員に対する退職給与の相当性を判断することは合理的であるというべきである。」

 本判決において、被告による比較法人の選定が必ずしも適切なものとは言いがたいとしながらも、功績倍率の最高値を適用したことにより、その不十分さが埋め合わされる旨を判示しています。つまり、功績倍率の最高値を適用したことが認められているが、積極的な理由により支持されたものではないということです。控訴審東京高裁昭和56年11月18日判決(行裁例集32巻11号1998頁)及び上告審最高裁昭和60年9月17日第三小法廷判決(税資146号603頁)も、第一審判断を維持しました。

 そのほか、最高値を採用した事例として、東京地裁昭和51年5月26日判決(税資88号862頁)があります。遊技場等を営む原告会社が、取締役会において、退任することとなった代表取締役甲に対し2,000万円、同じく取締役乙に対し1,500万円の退職慰労金を支給することを決議し、その旨支給したとして法人税の確定申告をしたところ、被告税務署長は、その退職金の実際の支払額は甲に対しては3,232万円余であり、乙に対しては267万円余であって、甲の退職金のうち1,800万円を超える1,432万円余が過大退職給与に当たるとする課税処分をしたため、その適否が争われました。前掲東京地裁判決は、甲及び乙に対する実際の退職給与支給額を被告税務署長の主張どおり認定するとともに、提出された証拠から、功績倍率の最高値が7.5であることを認め、甲の最終月額報酬15万円、勤続年数16年に、功績倍率の最高値7.5を適用して甲の退職給与の適正額を計算しても1,800万円となるにすぎないから、甲に支払われた退職給与のうち、少なくとも1,800万円を超える1,432万円余は不相当に高額な部分に当たるといわなければならない旨判示しました。なお、控訴審東京高裁昭和52年9月26日判決(税資95号597頁)も、原判決と同じ理由により、控訴を棄却しています。

1年当たり平均額法が採用された事例

 1年当たり平均額法は、退職役員の在職期間中における法人に対する功績の程度を反映しているものというべき最終報酬月額額を用いないため、その合理性において平均功績倍率法に劣る面があることが否めないため、平均功績倍率法に比べて採用されている事例は少ないです。

 ただし、功績倍率法の欠点を補うものとして重視されています。すなわち、役員在任中、功績が大にもかかわらず比較的最終報酬月額が低い役員にとって、功績倍率法を採用することは酷な結果となってしまうからです。また、退職金支給間際に、最終報酬月額を大幅に増額するような場合は、役員退職給与の額の算定根拠を整える目的で決定及び支給されたものといわざるを得ないため、功績倍率法を採用することは合理的とは言えないでしょう。

 札幌地裁昭和58年5月27日判決(行裁例集34巻5号930頁)では、退職役員であるHの月額報酬が低いところから功績倍率方式では適正な退職給与の額が算出されないとして、この1年当たり平均額法を採用し次のとおり判示しています。

「被告(課税庁)は、Hに対する相当な退職給与の額を算出するに当たり、平均功績倍率法及び1年当り平均額法にしたがつて検討したが、Hに対する報酬が近年増額されず、本件類似法人における報酬の支給例と比較して低額であることから、平均功績倍率法によって得られた金額は本件類似法人における退職給与の額と比較して低額になるので、平均功績倍率法ではなく、原告にとつて有利な1年当たり平均額法を採用し、更に、その算式によって得られた金額である6,342万6,000円に、Hの勤続年数が本件類似法人における当該役員の勤続年数よりも若干長いことなどの功績を加味して、その約10パーセントを加算し、Hに対する相当な退職給与の額を7,000万円と認定している。ところで、1年当り平均額法は、当該法人の比較の対象となるべき法人における退職した役員の勤続年数1年当りの平均退職給与の額に当該役員の勤続年数を乗じて相当な退職給与の額を算出する方法であるが、平均功績倍率法とともに、法(旧法人税法)36条及び令(旧法人税法施行令)72条の趣旨に合致する合理的な算式であるというべきである。」

 また、昭和61年9月1日裁決(裁決事例集32集231頁)では、適正退職給与の額を功績倍率により算出すべきであるとの原処分庁の主張を退け、1年当たり平均額法により算出することが相当であるとしましたが、功績倍率方式の適用が不適切となる場合について、次のように述べています。

「役員退職給与の額は、通常、その役員の会社に対する功績が最も反映される勤続年数及び最終報酬月額を基礎として算出されていると認められるところ、功績倍率を用いて算定する方法は、この勤続年数及び最終報酬月額をその計算の基礎としているから、一般的には役員退職給与の相当額の算定方法としては妥当なものであると解されるが、最終報酬月額が役員の在職期間を通じての会社に対する功績を適正に反映したものでない場合、例えば、長年、代表取締役として会社の中枢にあつた者が、退職時には非常勤役員となっておりその報酬月額が減額されている場合、あるいは、退職時の報酬月額がその役員の在職期間中の職務内容等からみて著しく低額であると認められる場合には、功績倍率は最終報酬月額に大きく左右される結果著しく高率となるから、比較そのものが不合理なものとならざるを得ない。したがつて、このような特段の事情がある場合には、最終報酬月額を基礎とする功績倍率を用いて算定する方法は妥当ではなく、最終報酬月額を計算の基礎としない1年当たりの退職給与の額によって算定するのがより合理的な方法と認められる。」

 一方、東京地裁令和2年3月24日判決(平成28年(行ウ)589号)では、 役員報酬の遡及的な追加支給( 大幅に増額)がされ、功績倍率方式では適正な退職給与の額が算出されないとして、この1年当たり平均額法を採用し次のとおり判示しています。

「本件元取締役は、遅くとも平成19年4月以降、役員報酬として月額25万円の支給を受けていたが、退任の後である平成25年1月11日に、役員報酬の遡及的な追加支給がされ、その最終月額報酬額は、月額25万円の4倍に上る月額100万円とされたものである(本件遡及増額)。そして、原告は、本件遡及増額につき、会社法361条1項の趣旨に反しない旨を主張するのみで、本件元取締役の役員報酬を、上記の時期に、上記のとおり大幅に増額する必要があった合理的な理由を何ら主張せず、本件において、これを認めるに足りる証拠もない。このような事情に鑑みれば、本件元取締役の最終月額報酬額である100万円は、専ら本件役員退職給与の額の算定根拠を整える目的で決定及び支給されたものといわざるを得ない〔本件役員退職給与のうち退任慰労金は、最終月額報酬額が100万円であることを基礎に勤続年数及び功績倍率を乗じて算定されたものである。〕。したがって、本件役員退職給与適正額の算定については、功績倍率を用いた方法によることが不合理であると認められる特段の事情があるといえ、1年当たり平均額法が法人税法34条2頃及び同法施行令70条2号の趣旨に合致する合理的な方法となるというベきである。」

 なお、1年当たり平均額法についても、功績倍率法と同様に、類似法人の平均値を採用すべきでなく、最高値(1年当たり最高額法)を採用すべきだと納税者側は主張することが多いのですが、その主張は採用されていないのが現実です。

過大役員退職給与のトレンド

 役員報酬が過大とされて否認される事例は、昔に比べて、だいぶ減りましたが、役員退職給与が過大とされて否認される事例は今でも定期的にあります。
 なお、法人税専門の国税OBの方と役員退職金について話をする機会は多いのですが、皆さんよく「退職金1億円」が調べるポイントとなるといいます(私の周りの国税OBの方だけかもしれませんが)。