納税者が提出する期限後申告
期限内申告書を提出すべきであった者は、申告書の提出期限を経過した後でも、税務署長の決定があるまでは、いつでも納税申告書を提出することができます(通則法18①)。この規定により提出する納税申告書を期限後申告書といいます(通則法18②)。
期限内申告との違いは、その申告書が法定申告期限内に提出されたかどうかにとどまり、申告書の記載事項及び添付書類は何ら変わりはありません。
期限後申告をすることができる期間については、国税通則法18条1項が「決定があるまで」と規定しているほか、法令上明文の規定がありませんが、東京高裁平成30年8月1日判決(訟月65巻4号696頁)は、上記期間について、「原則として、当該国税に係る法定納期限から5年間であると解するのが相当である。」との判断を示しました。
なお、国税通則法73条3項の規定により、偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れた国税等に係るものに該当する場合には、時効が2年間進行しないので、期限後申告をすることができる期間は、その国税の法定納期限から7年間となります。
税務署長が行う決定
税務署長は、納税申告書を提出する義務があると認められる者が、納税申告書を提出しない場合に、その調査により課税標準等及び税額等を確定する処分を行います(通則法25)。この処分を決定といいます。
なお、決定しても納付すべき税額及び還付金の額に相当する税額が生じないときは、その実益がないことから、決定は行われません(通則法25ただし書)。
通常、納税者が期限を過ぎても申告書を提出していない場合は、上記の期限後申告書の提出をするように納税者に勧奨します。それでも、期限後申告書の提出がされない場合に、決定がされます。
決定のできる期間は所得税の場合、法定申告期限から5年となっています(通則法70①一)。なお、偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れた国税に係るものに該当する場合には7年となっています(通則法70⑤一、二)。
無申告加算税と延滞税
無申告加算税
申告期限までに納税申告書を提出しないで、期限後申告書の提出又は決定があった場合には、原則として、無申告加算税(通則法66)が課されます。
なお、無申告加算税は、期限内申告書の提出がなかったことについて「正当な理由があると認められる場合」には課さないこととされています(通則法66①ただし書)。
また、期限後申告書の提出があった場合において、その提出が、当該国税に係る調査があったことにより決定があるべきことを予知してされたものでなく、期限内申告書を提出する意思があったと認められる一定の場合(通則令27の2①)に該当してされたものであり、かつ、当該期限後申告書が法定申告期限から1月を経過する日までに提出された場合には、無申告加算税は課されないことになっています(通則法66⑦)。
延滞税
納税者が納付すべき国税を法定納期限までに納付しない場合は、期限内に納付した者との権衡を図る必要があること、併せて国税の期限内納付を促進させる見地から、納付遅延に対して遅延利息に相当する延滞税が課されます(通則法60①)。
東京高裁平成30年8月1日判決(訟月65巻4号696頁)
事件の概要
1 給与所得者であるX(納税者)は、平成20年から平成25年までの間、先物取引の差金等決済による収入を得ており、下図のとおり利益又は損失(以下、「先物利益」又は「先物損失」という。)の額が生じていたが、いずれの年分も所得税等の確定申告を行っていなかった。
2 Y(税務署長)は、上記1の先物利益に係る申告義務等について確認するため、Xに対し来署を依頼し、平成26年11月18日、来署したXに対して当該各年分の所得税等の調査(以下「本件調査」という。)を行った。その際、本件調査の担当者(以下「本件担当者」という。)は、Xに対し、当該各年分の所得税等に係る申告義務等について説明した。
3 Xは、上記説明に対し、平成20年分の先物損失の額を平成21年分以降に繰り越すための所得税の申告(以下「本件損失申告」という。)(措置法41条の15)をすれば、平成21年分の所得税額が少なくなるので、平成21年分から平成25年分の所得税等の申告に併せて平成20年分の所得税の申告をしたい旨申し出たが、本件担当者は、同年分については既に法定納期限(平成21年3月16日)から5年を経過していたため時効により本件損失申告を行うことはできないと説明した。
なお、平成20年分におけるXの所得は、先物損失のほかには、年末調整済の給与所得のみであったため、仮に本件損失申告を行ったとしても、Xに納付すべき税額は発生しなかった。
4 Xは、本件調査により、平成22年分から平成25年分の所得税等についてはそれぞれ申告を行ったが、平成21年分の所得税については申告を行わなかった。
5 Yは、Xは本件損失申告をすることができず、Xには平成21年分に申告すべき先物利益があり納付すべき税額が発生することから、Xに対し決定処分等を行ったところ、Xは、その取消しを求めて訴訟を提起した。
本件の争点
本件調査時において、Xは本件損失申告をすることができたか否か。つまり、所得税の期限後申告はいつまですることができるのかということ。
裁判所の判断
納税者が期限後申告をすることができる期間は、原則として、当該国税に係る法定納期限から5年間であると解するのが相当である。
そうすると、本件調査時においては、平成20年分の所得税の法定納期限から5年を経過していたことから、Xは本件損失申告をすることができなかったこととなる。
裁判所の判断の理由
1 徴収権の時効の観点からの判断(一審千葉地裁平成30年1月16日判決・税資268号-3(順号13108)における判断)
所得税の申告に関しては、国税通則法(以下「通則法」という。)18条1項において同法25条の規定による「決定があるまで」と規定しているほかには、期限後申告をすることができる期間について明示する規定はない。
しかしながら、国税の徴収権は、原則としてその国税の法定納期限から5年間行使しないことによって、時効により消滅し(通則法72条1項)、その時効については、その援用を要せず、また、その利益を放棄することができない(同条2項)ことからすると、時効期間が経過した場合は、納税者が時効の利益を受ける意思があるか否かを問わずに絶対的に消滅し、課税庁は徴収手続をすることができないと解するのが相当であり、このように解することが、時効の完成した納税義務を公平に扱う必要と事務処理の画一性の要請に合致する。
そして、確定申告は、納税者自らの判断と責任においてその納税額を自ら確定させる行為であると解されるから、通則法25条の規定による決定がされない場合であっても、当該申告の対象となる国税の時効期間が経過し、抽象的な納税義務(※1)自体が消滅し、具体的な納税義務(※2)の内容をおよそ確定することができなくなったときには、期限後申告をすることはできなくなると解される。
※1 抽象的な納税義務→所得税における課税要件が満たされることにより、暦年の終了の時に成立する納税義務(通則法15条2項1号参照)
※2 具体的な納税義務→抽象的に成立している納税義務について、納税者による申告又は税務署長による決定などの手続により確定する納税義務(通則法16条1項1号参照)
2 実質的観点からの判断(高裁において追加された判断)
課税庁が調査を行い、更正又は決定を行うことができるのは、国税の徴収権が存在することが前提となるのであり、国税の徴収権の消滅時効の期間が経過して徴収権がなくなり、課税庁が、提出された確定申告書等に誤りがあるかどうかを調査できず、更正又は決定ができない時点(通則法72条に規定される時効期間は、同法70条に規定される更正、決定の期間制限と平仄が合っている。)に至っても、仮に確定申告書等の提出を許すこととすると、課税庁としては申告書の記載をそのまま認めるしかないことになってしまい、課税の適正・公平が確保できないことになるから、この実質的観点からみても、消滅時効期間の経過によって国税の徴収権そのものが確定的に消滅した場合には、先物取引に係る雑所得等における繰り越される損失の金額が記載された確定申告書等の提出はできなくなるものと解することが相当である。