民法上、共同相続人は、既に成立している遺産分割協議につき、その全部又は一部を全員の合意により解除した上、改めて分割協議を成立させることができると、最高裁平成2年9月27日第一小法廷判決(民集44巻6号995頁)は以下のように判示しています。
「共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解されるから、原判決がこれを許されないものとして右主張自体を失当とした点は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。」
一方、税実務では、いったん有効に成立した遺産分割協議をやり直した場合は、錯誤無効の事由が認められない限り、贈与税や(譲渡)所得税の課税問題が生じる場合があります。各々の相続人に財産が帰属した後に、贈与や交換等の法律行為により取得したとみなされるからです。
東京高裁平成12年1月26日判決(税資246号205頁)要旨
「既に成立した遺産分割協議の全部又は一部の合意解除の成否は、意思表示の解釈に関する一般原則に従って判断すべきものであるから、明示的な解除の合意が認められる場合に限らず、当初及び再度の遺産分割協議の内容の相違、再度の遺産分割が行われるに至った原因、経緯、時期、目的、関係当事者の認識等の諸事情を総合して、再度の遺産分割協議が当初の遺産分割協議の全部又は一部の合意解除を前提として成立したものと認められる場合には、黙示的な合意解除が肯認され得るものというべきであり、他方、解除の合意と目すべき事実がある場合でも、右に掲げた諸事情に照らして、再度の分割協議が当初の分割協議によって帰属が確定した財産の移転を分割協議の名の下に移転するものと認められる場合には、その合意に基づく財産権の移転の効力を肯定することができるとしても、その原因を相続によるものということはできないというべきである。そして、相続税法は同法に固有の「相続」概念を規定するものではなく、相続税法の適用においても「相続」の意義は民法におけると同様の概念によるべきものであるから、右に説示したことが妥当するものと解すべきである。」
相続税法基本通達19の2-8(分割の意義)
法第19条の2(編著/配偶者に対する相続税額の軽減)第2項に規定する「分割」とは、相続開始後において相続又は包括遺贈により取得した財産を現実に共同相続人又は包括受遺者に分属させることをいい、その分割の方法が現物分割、代償分割若しくは換価分割であるか、またその分割の手続が協議、調停若しくは審判による分割であるかを問わないのであるから留意する。
ただし、当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合には、その再配分により取得した財産は、同項に規定する分割により取得したものとはならないのであるから留意する。
(注) 「代償分割」とは、共同相続人又は包括受遺者のうちの1人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の現物を取得し、その現物を取得した者が他の共同相続人又は包括受遺者に対して債務を負担する分割の方法をいい、「換価分割」とは、共同相続人又は包括受遺者のうちの1人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部を金銭に換価し、その換価代金を分割する方法をいうのであるから留意する。
相続税の申告期限前の遺産分割のやり直し
東京高裁平成12年1月26日判決(税資246号205頁)では以下のようなことも判示していました。
「法定申告期限後に納税義務の軽重に関する動機の錯誤を理由として納税義務の発生原因となる私法上の法律行為の無効、合意解除を無制限に許容するときは、租税法律関係に著しい不安定をもたらすことになるから、当初の遺産分割協議の合意解除及び再度の遺産分割協議の成否の認定判断に当たっては、その時期及びこれに至った理田、原因が右行為の解釈において重視されるべきものであることはいうまでもない。」
また、相続税の申告書は期限内では差し替えが可能となっています(相基通31-1)。
このことにより、相続税の申告期限内であれば、遺産分割のやり直しをしても贈与税はかからないという都市伝説がありますが、そんなことはありません。
相続税法基本通達31-1(期限内申告書の修正)
期限内申告書を提出した者が、当該申告書の提出期限内にその申告に係る課税価格、相続税額又は贈与税額を修正した申告書を提出した場合においては、当該修正した申告書は通則法第19条第1項の規定による修正申告書とはしないで期限内申告書として取り扱うものとする。
当初の遺産分割協議の錯誤無効を理由に行った再度の遺産分割協議に基づき取得した新たな財産は、当初の遺産分割協議に要素の錯誤があったとは認めることができないから贈与により取得したものと認められるとした平成17年12月15日裁決(裁事70集259頁)
(1)事案の概要
本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の祖父の相続財産についてした遺産分割協議に錯誤があり無効であったとして、請求人を含む相続人が再度の遺産分割協議をし、請求人がこれに基づき新たに財産を取得したところ、原処分庁が、この再度の遺産分割協議に基づく財産の取得は贈与に当たるとして、請求人に対し、贈与税の決定処分等をしたため、請求人がこの決定処分等の取消しを求めた事案である。
(2)裁決要旨
遺産分割協議がいったん成立すると、相続開始時に遡って同協議に基づき相続人に分割した相続財産が確定的に帰属する。したがって、遺産分割協議をやり直して相続財産を再配分したとしても、当初の遺産分割協議に無効又は取り消し得べき原因がある場合等を除き、相続に基づき相続財産を取得したということはできない。そして、この場合、対価なく財産を取得したとすれば、贈与とみるほかはない。
請求人は、養親である祖父亡Gの後妻亡Hと養親子関係がないことを知らないで行った本件遺産分割は、法律行為の要素に錯誤があり、養親子関係がないことを知っていれば亡Hに亡Gの遺産を相続させる本件遺産分割を行うはずはなかったとして、本件遺産分割協議が錯誤により無効である旨主張する。
しかしながら、請求人と亡Hとの間に養親子関係があったとしても、請求人が主張するように、請求人が本件土地建物を亡Hから相続により取得することになるとは限らず、また、請求人が亡Hとの間に養親子関係がないことを知っていたとしても、請求人が主張するような遺産分割協議が成立するという必然性も認められない。
そうすると、請求人の主張する「錯誤」は、遺産分割協議の動機に関するものであり、この動機が遺産分割協議の際に表示されていたとしても、本件遺産分割の内容と異なる内容の遺産分割協議がされたということにもならないから、民法第95条に規定する法律行為の要素の錯誤ということはできず、結局、請求人の思い違いないし勘違いにすぎないというほかはない。
したがって、本件遺産分割に要素の錯誤があったとは認めることはできないから、本件土地建物は、請求人が亡Hの相続人から贈与により取得したものと認めるのが相当である。