(1)事案の概要

 本件は、亡Aの相続人である原告Xが、その相続に係る相続税申告手続において担当であったY税理士及び遺言執行者であったZ弁護士に善管注意義務違反があり、これにより損害を受けた旨を主張して、債務不履行に基づく損害賠償として、両名に対し連帯して309万円余及び遅延損害金の支払を求める事案である。なお、被告はYとZの2人であるが、Yに関するものについて以下記載する。

○本件における認定事実等は、次のとおりである。
① 亡Aは、平成13年6月16日付けで、遺産全部をXに相続させる旨の自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)を作成した。
② 亡Aは、平成25年10月11日に死亡した(以下、同人の死亡により発生した相続を「本件相続」という。)が、相続人は、X、B、C、D及びEの5人である。X、B及びCは亡Aの子であり、また、D及びEはXの子であり、亡Aの養子である。なお、B及びC両名とXは、亡Aの死亡前から対立状態にあった。亡Aの遺産は、不動産(小規摸宅地等の特例の適用対象となり得るもの)、銀行の預金及び火災保険等であった。
③ B及びCは、平成26年4月頃、Xに対し遺留分減殺請求に係る書面を送付した。
④ Yは、平成26年5月頃から、本件相続に係る相続税申告手続に関与するようになった。
⑤ Yが作成し、平成26年8月11日に郵便で発送され、同月12日付けで所轄税務署に受理された本件相続に係る相続税の申告書(以下「本件相続税申告書」という。)には、X、D及びE名義の平成26年8月1日税務代理権限証書が添付され、押印もされているが、B及びC名義の同証書は添付されておらず、押印もされていない。Yは、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付した上で小規模宅地等の特例を適用することなく法定相続分での申告を行っており、納付相続税額の合計は352万円余であった(X、B及びCにつき各65万円余、D及びEは孫養子のため2割加算につき各78万円余)。B及びC両名分の相続税は、相続財産から支払っていた。
⑥ Xは、Y とは別のF税理士に依頼して、平成27年10月29日に、本件遺言により自身が亡Aの遺産全部を相続したことを前提とする相続税の更正の請求を行った(自宅建物につき小規模宅地等の特例を適用)。また、同日、D及びEは、同税理士に依頼して、自身らに相続財産がないことを前提とする更正の請求を行った。
 上記更正の請求においては、取得財産の総額が当初申告額の1億2547万円余から8981万円余に、債務及び葬式費用の金額が当初申告額の286万円余から480万円余に、課税価格が当初申告額の1億2260万円余から8500万円余に減額更正され、これが基礎控除額の9000万円の範囲内であったため、相続税額はゼロとされた。
⑦ 上記の各更正の請求に基づき、平成27年11月25日付けで、本件相続に係る相続税の更正がされた。その結果、X、D及びEに対し、納付済みの相続税が還付された。
⑧ Xは、Fから、上記の更正の請求について、同税理士の報酬規程に基づき、減額分の352万円余を基礎としてこれに20パーセントを乗じ、基礎額10万円を加算した上で消費税相当額及び印書代を加算して算定した報酬額として87万円余の請求を受け、平成28年2月19日にこれを支払った。
⑨ Xは、その相続に係る相続税申告手続において、Y及びZに善管注意義務違反があり、これにより損害を受けた旨を主張し、債務不履行に基づく損害賠償金309万円余及びこれに対する遅延損害金の支払をYらに対し連帯して求めた。

(2)判決要旨(請求認容)(国控訴)

①  認定事実によれば、Yは本件相続に係る相続税申告業務につき、X、D及びEの税務代理権限は与えられていたものの、B及びCの税務代理権限は有していなかったこと、相続税申告書が提出された平成26年8月頃の時点では、遺言により亡Aの全財産をXが相続するものとされる一方、B及びCからは遺留分減殺請求がされており、かつ、相続税申告期限が切迫しつつある状況にあったこと、相続財産中には小規摸宅地等の特例の適用対象となり得る不動産が含まれていたことなどの事情が認められる。

②  そのような状況下において相続税申告業務を行う税理士は、(イ)小規模宅地等の特例を適用することなく法定相続分に従った共同相続として申告を行い、同時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出することにより、後日の更正請求を可能にしておく、(ロ)遺留分減殺請求を考慮することなく遺言により全財産を相続したものとして申告し、小規模宅地等の特例を適用した上で、遺留分減殺が解決した後に更正の請求をする、のいずれかの方法を選択することになるものと解され、Yは(イ)の方法を選択したものと考えられる。

③ もっとも、遺留分減殺請求権者であるB及びCとの間で従前から対立状態があった中で、上記(イ)の方法を選択し、上記両名分の相続税を相続財産から支出した場合、遺留分減殺の解決が長期化すればその間は本来Xが負担すべき税額を超えた支出状態が継続することになる可能性がある上、B及びCから更正の請求についての協力を得られないなどの事態も想定されたと考えられる。上記事実関係の下では、(イ)の方法は(ロ)の方法と比較してリスクが高かったというべきであり、これを採用するのであれば、当該リスクの存在について十分に説明した上でXの同意を得て行う必要があったというべきである。

④ Xは、法定相続人らの共同相続として申告され、一定額の相続税を納付するとの内容の申告書に押印しており、その内容も一定程度は把握していたものと認められる。もっとも、遺留分減殺請求がされている状況下における相続税申告を共同相続として行うか否か、申告時において小規模宅地等の特例を適用するか否か、その適用の有無により課税額にどのような差異が生じるのかなどの点は、いずれも専門的知見に基づく判断を要するものであり、特段の知識を有していない一般人であるXにおいては、専門家であるYの作成した申告書の当否につき独自に判断することは困難と考えられるし、上記(イ)の方法を採用することによるリスクの存在及び内容等について十分な説明がされていたとも認め難いのであるから、上記押印の事実から直ちに、Xが上記(イ)の方法を採用することに同意していたものと認めることはできない。

⑤ 以上の事実関係の下では、Yが上記(イ)の方法を採用したことは不適切であり、相続税申告手続を受任した税理士としての善管注意義務に違反する行為であったというべきである。Xには、B及びC分の相続税相当額である130万円余の損害が生じているものと認められ、YはXに対し、その損害賠償義務を負う。

⑥ また、Fの相当な報酬額は、更正の請求減額(352万円余)の10パーセントである35万円余と認められ、その損害はその全額がXにつき発生したものと認められる。なお、Fとの契約は、形式上はX、D及びEの3名が当事者になっていたものと考えられるが、D及びEが納税義務者とされていたのはYの債務不履行の結果であり、報酬請求もXのみに対してされ、Xが全額を支払っていること等の事情からすれば、上記損害はその全額がXにつき発生したものと認められる。

⑦ Yは、Xに対し、金165万円余及びこれに対する遅延損害金を支払え。