「遺言書」と聞いたとき、皆さんはどう感じるでしょうか。「後ろ向き」なイメージを持たれるのではないでしょうか。また、「後ろ向き」なイメージを持たなくても、「遺言書は死ぬ間際に書くものだから私には関係がない」と思われる人も多いのではないでしょうか。
「遺言書」は「遺書」と言葉が似ているため、どうしても誤解されることが多いようです。ただし、確実に遺言書は身近なものになってきています。
公正証書により作成された遺言書の数は、昭和41年には7,767件しかありませんでした。しかし、令和元年は、113,137件にまで急増しています。なんと15倍ちかくにもなっており、今後も急増していくのは間違いないと予想されます(過去10年間では約1.4倍)。また、この件数は、あくまでも公正証書遺言のみの件数です。そのため、自筆証書遺言などを含めれば、実際に遺言を作成している人は、もっと多くなります。
なお、令和元年までは右肩上がりに公正証書遺言件数が増えていたのですが、令和2年度に、突然、97,700件と減っています。これは、コロナの影響により外出自粛の影響を受けたこともありますが、法務局における自筆証書遺言書保管制度が創設された影響を受けたからです。 自筆証書遺言書保管制度の令和2年度の保管件数16,655となっており、令和2年度の公正証書遺言作成件数97,700と合計すると114,355件となります。
自筆証書遺言書保管制度の令和2年度の保管件数16,655となっていますが、自筆証書遺言の全部の作成数は不明です、ただし、家裁が検認した公正証書以外の遺言の数は昭和60年は3,301件、平成14年は10,503件、同23年は15,113件、令和元年は18,625 件と推移しています。65歳以上の人が遺言を書くと仮定しますと、1,000人に4人の割合で遺言を作成しているという計算になります。
このように、遺言書の作成が急増している背景としては、遺産相続をめぐる争い(争族)があります。全国の家庭裁判所における遺産分割調停事件の新受件数は、昭和30年には2,661件でしたが、平成元年に7,047件となり、平成11年には8,950件、平成19年には9,800件、令和元年には13,801件まで急増しています。また、家庭裁判所に持ち込まれる相談の件数は、平成19年には154,160件と過去10年間では2倍となっています。
「争族」の急増とともに、「遺言書の作成」が急増していることがデータからも表れています。なお、相続争いの7割以上は、遺産が5,000万円以下のケースで起きているため、「我が家は財産がそんなにないから、遺言なんて必要ない」と思われるのは、間違いといえます。
では、なぜ「争族」が急増しているのでしょうか。まず考えられることは、「権利意識の高まり」です。世代が若ければ若いほど、「家」よりも「自分」に重きを置いています。企業オーナーや資産家である人の世代は、「家」に対して意識があるでしょう。ただし、その息子である現代っ子世代は、「家」よりも「自分」に意識があります。「家」を存続させるために「自分」を殺すという意識は、現代において希薄になってきています。
また、相続財産のなかで不動産の占める割合が高いことも原因でしょう。不動産は、財産としての金額が高いのに分割が難しいです。そのため、遺産分割で争いが起きる原因となりやすいです。
また、そのほかに考えられることとして、昨今の雇用状況や経済状況が挙げられます。定年まで会社勤めができる保証がなく、先がみえない将来に誰もが不安を感じています。「もらえる分はもらっておきたい」という考え方は、何もおかしなことではないでしょう。右肩上がりの経済成長に引きずられるように給料が上がっていき、定年まで安泰して会社にいられる時代ではなくなったということです。
公正証書遺言件数の推移(日本公証人連合会資料等)
年度 | 件数 | 年度 | 件数 |
---|---|---|---|
平成元年 | 40,941 | 平成2年 | 42,870 |
平成3年 | 44,652 | 平成4年 | 46,764 |
平成5年 | 47,104 | 平成6年 | 48,156 |
平成7年 | 46,301 | 平成8年 | 49,438 |
平成9年 | 52,433 | 平成10年 | 54,973 |
平成11年 | 57,710 | 平成12年 | 61,255 |
平成13年 | 63,804 | 平成14年 | 64,007 |
平成15年 | 64,376 | 平成16年 | 66,592 |
平成17年 | 69,831 | 平成18年 | 72,235 |
平成19年 | 74,160 | 平成20年 | 76,436 |
平成21年 | 77,878 | 平成22年 | 81,984 |
平成23年 | 78,754 | 平成24年 | 88,156 |
平成25年 | 96,020 | 平成26年 | 104,490 |
平成27年 | 110,778 | 平成28年 | 105,350 |
平成29年 | 110,191 | 平成30年 | 110,471 |
令和元年 | 113,137 | 令和2年 | 97,700 |
遺言書の検認件数 (最高裁判所事務総局総務局統計課「司法統計年報(家事事件編2表)
年度 | 件数 | 年度 | 件数 |
---|---|---|---|
平成19年 | 13,309 | 平成20年 | 13,632 |
平成21年 | 13,963 | 平成22年 | 14,996 |
平成23年 | 15,113 | 平成24年 | 16,014 |
平成25年 | 16,708 | 平成26年 | 16,813 |
平成27年 | 16,888 | 平成28年 | 17,205 |
平成29年 | 17,394 | 平成30年 | 17,487 |
令和元年 | 18,625 | 令和2年 |
信託銀行における遺言書の年度末現在の保管件数 (一般社団法人信託協会・信託統計便覧12.遺言関連業務取扱状況)
年度 | 保管のみ件数 | 執行付件数 | 合計 |
---|---|---|---|
平成19年 | 7,574 | 54,070 | 61,644 |
平成20年 | 7,175 | 58,437 | 65,612 |
平成21年 | 6,142 | 62,769 | 68,911 |
平成22年 | 5,948 | 66,385 | 72,333 |
平成23年 | 5,820 | 70,155 | 75,975 |
平成24年 | 5,838 | 75,619 | 81,457 |
平成25年 | 5,824 | 82,624 | 88,448 |
平成26年 | 5,877 | 91,832 | 97,709 |
平成27年 | 5,916 | 102,707 | 108,623 |
平成28年 | 6,101 | 112,214 | 118,315 |
平成29年 | 6,398 | 121,999 | 128,397 |
平成30年 | 6,776 | 132,309 | 139,085 |
令和元年 | 7,399 | 142,294 | 149,693 |
令和2年 |