
概要
サラリーマンをしながら副業で士業(税理士、社会保険労務士、行政書士など)をしている方は、このごろ増えてきました。
安定的に毎月の給与をもらいながら副業で士業をすることは、個人的には悪いことではないと思います。ただし、問題は、副業で士業をしているが、その士業での所得が赤字であり事業所得として給与所得と損益通算している場合です。
そのような状況が3年以上続いていたら、税務調査が入り否認されると思っていた方がいいです。事業所得であるか否かで争われた過去のいくつかの裁判例・裁決例からいって、納税者が勝てる見込みははっきりいってないです。
通達解説
「『所得税基本通達の制定について』の一部改正について(法令解釈通達)」(令和4年10月7日)では、所得税基本通達35-2(注)について、以下のように解説しています。
次のような場合には 、事業と認められるかどうかを個別に判断することとなります 。
① その所得の収入金額が僅少と認められる場合
例えば、その所得の収入金額が 、例年、300 万円以下で主たる収入に対する割合が 10%未満の場合は、「僅少と認められる場合」に該当すると考えられます。
※「例年」とは、概ね3年程度の期間をいいます。
② その所得を得る活動に営利性が認められない場合
その所得が例年赤字で、かつ、赤字を解消するための取組を実施していない場合は、「営利性が認められない場合」に該当すると考えられます。
※「赤字を解消するための取組を実施していない」とは、収入を増加させ る 、あるいは所得を黒字にするための営業活動等を実施していない場合をいいます。
令和5年6月16日裁決(関裁(所)令4第43号)(棄却)
(1)事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 審査請求人Xは、社会保険労務士名簿に登録を受け、平成28年から令和2年の間において、社会保険労務士として相談業務(以下「本件業務」という。)に従事していた。
② Xは、平成28年分、平成29年分、平成30年分、令和元年分及び令和2年分(以下、これらの年分を併せて「本件各年分」という。)において、A社、B社及びC社(以下、これらを併せて「本件勤務先3社」という。)からそれぞれ給与収入を得ていた。
③ Xは、本件各年分の所得税等について、それぞれ青色申告として法定申告期限までに申告した。
Xは、本件業務に係る事業所得の金額の計算上生じた損失の金額があるとして、給与所得の金額と損益通算する内容の確定申告をしていた。
④ 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、令和3年10月15日、11月8日、同月19日及び令和4年1月13日に、Xの本件各年分の申告に対し調査を行った。
⑤ 本件調査担当職員は、令和4年2月10日、Xに対し、本件調査について、国税通則法74条の11第2項に規定する調査結果の内容の説明を電話により行い、当該説明内容に基づいた修正申告を勧奨した。
⑥ Xは、令和4年2月18日、上記⑤の説明内容に納得できなかったことから、修正申告書を提出することはできない旨の申出をした。
⑦ 原処分庁が、本件業務に係る所得は雑所得に該当することから、当該損失の金額は損益通算できないなどとして所得税等の各更正処分等を行ったのに対し、Xが、原処分の全部の取消しを求めた。
(2)本件の主な争点
本件業務から生じた所得は事業所得又は雑所得のいずれに該当するか否かである。
(3)裁決要旨(棄却)
① 事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得と解されるところ、ある所得が事業所得に該当するか否かは、営利性及び有償性の有無、反復継続性の有無、自己の危険と計算においてする企画遂行性の有無、その者が費やした精神的及び肉体的労力の有無及び程度、人的及び物的設備の有無、その者の職業、経験、社会的地位及び生活状況、相当程度の期間安定した収益を得られる可能性の有無及び程度等を総合的に考慮し、社会通念によって判断するのが相当である。
② Xについて以下の事実が認められる。
(イ) Xは、本件各年分の青色申告決算書において、本件業務に係る売上金額、必要経費及び損失金額を記載するとともに、本件各元帳に本件業務に係る売上金額を記載したが、売上先に係る記載はしなかった。また、本件各元帳以外に、売上金額及び売上先を確認できる書類を作成しなかった。
(ロ) Xは、本件各元帳の接待交際費部分の「摘要」欄に接待をした相手方の名前を記載したが、当該接待内容を具体的に示す資料を作成しておらず、また、本件各元帳以外に本件業務の営業活動の内容を示す資料を作成しなかった。
(ハ) XとA社の雇用契約上、就業時間は午前9時から午後6時まで(休憩1時間)であるが、実際には週にどれくらいA社の業務を行うかはXの裁量に任されていた。また、当該契約上、副業に関する取り決めはない。
(ニ) Xは、本件業務のために従業員を雇っていない。
(ホ) Xは、まれに行う営業の電話、情報収集及び自己学習のために自宅1階部分を本件業務の事務所として使用しているが、顧客がXの事務所を訪問することはなく、本件業務に係る営業や相談は、顧客の自宅又はカフェなどにおいて行っている。
(ヘ) Xは、本件業務に係る相談を受ける頻度は、平均すると月に2回から3回程度で、多いときで月に5回ほどであり、1回も相談を受けることがない月もある。また、本件業務に係る相談時間は、1回当たり1時間程度である。
(ト) Xの本件各年分における生計は、A社からの給与収入によって賄うことができていた。
③ 営利性及び有償性の有無並びに反復継続性の有無について
本件各年分において売上金額があり、本件業務の有償性及び反復継続性については認めることができる。
一方、本件業務に係る必要経費は、売上金額に比して、平成28年分が約13倍、平成29年分が約13倍、平成30年分が約9倍、令和元年分が約7倍、令和2年分が約13倍に相当する。このように多額の損失が5年連続して生じていることからすると、本件業務は、経済合理性に欠け、営利性は乏しいというべきである。
④ 自己の危険と計算においてする企画遂行性の有無について
本件業務について多額の必要経費が発生し、多額の損失の金額が5年間継続していたにもかかわらず、Xは、本件業務に係る売上先が分かる書類や営業活動の内容を詳細に示す資料を作成していないことから、本件業務に係る損失を改善する手段を講じていたということはできず、企画遂行性は希薄である。
⑤ 精神的及び肉体的労力の有無及び程度について
Xが本件各年分に得た全給与収入のうち9割以上がA社からのものであるところ、XとA社の雇用契約上、就業時間は一応取り決められているものの、実際にはXの裁量に任されており、副業について特に取り決めはないこと、また、本件業務に係る必要経費の内訳には、通信費、広告宣伝費及び接待交際費の支出があることからすると、Xは本件業務に精神的及び肉体的労力をある程度費やしていたともいえる。
しかしながら、Xは、本件業務に係る売上先が分かる書類や営業活動の内容を詳細に示す資料を作成していない。
また、Xが営業の電話をかけることはまれであり、本件業務に係る相談を受ける頻度が平均すると月に2回から3回程度、多くともその頻度は月に5回程度で、1回も相談を受けることがない月もあって、相談の時間は1回当たり1時間程度であるから、Xが本件業務のうち実際に相談を受けるために使う時間は多くとも月5時間程度である。
これらによれば、本件業務に費やした精神的及び肉体的労力の程度は、必ずしも大きいものということはできない。
⑥ 人的設備及び物的設備の有無について
Xは、従業員を雇うことなく1人で本件業務に従事していることから人的設備は有していない一方、自宅1階部分を事務所として使用していることから物的設備は有している。もっとも、本件業務は、社会保険労務士として行っている相談業務であることからすると、Xが人的設備(従業員を雇うこと)を有することなく1人で本件業務に従事していることが不自然ということはできない。
⑦ 職業、経験、社会的地位、生活状況及び相当程度の期間安定した収益を得られる可能性について
Xは、社会保険労務士として本件業務に従事していた一方で、本件各年分のいずれにおいても本件業務から利益は生じておらず、Xの本件各年分における生計は、A社からの給与収入によって賄うことができていたのであるから、Xの生活の資となっているのは、本件業務であるとはいえない。
上記に加え、Xは、本件業務により多額の損失が連続して生じていたにもかかわらず、当該損失を改善する手段を講じていたとは認められないこと、及び、Xの顧客がXの事務所を訪問することはなく、Xの事務所は自己学習等のために利用されているにすぎず、Xの業務の規模が安定した収益をもたらす程度のものであったとまではいえないことをも併せ考慮すれば、Xが、本件業務から相当程度の期間安定した収益を得られる可能性を有していたとはいい難い。
⑧ これらによれば、本件業務は、有償性、反復継続性及び物的設備を有していたほか、Xは社会保険労務士として本件業務に従事していたことが認められるものの、営利性は乏しく、企画遂行性は希薄であり、Xが本件業務に費やした精神的及び肉体的労力の程度は、必ずしも大きいものではないことに加え、Xが生活の資としているのは本件業務による収入ではなく、本件業務には相当程度の期間安定した収益を得られる可能性が存するともいい難い。
以上の点を総合的に考慮し、社会通念により判断すると、本件業務が自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務ということはできないから、本件業務から生じた所得は、事業所得には当たらない。
そして、本件業務から生じた所得は、利子所得、配当所得、不動産所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しないから、かかる所得は、雑所得に該当する。