概要

 納税者の中には、帳簿書類の備付けがないなどのために、総収入金額や必要経費を確認することができない場合があります。

 課税庁は、これらの者については、総収入金額から必要経費を控除して所得金額を算出する本来の計算方法以外の方法で所得金額を更正又は決定することとなります。

 例えば、白色申告者については、①財産の価額若しくは債務の金額の増減、②収入若しくは支出の状況又は販売量、従業員数その他事業の規模により、その者の所得金額などを合理的に推計して更正又は決定することができるとされています(所法156)。

 ただし、白色申告者といえども、実際の金額が確認できない場合に、初めて推計が許されるとされており、具体的には、①主要な帳簿の備付けがない、②記録が不正確で信ぴょう性がない、③資料の提示を拒むなど、調査に協力的でない場合に、所得金額を推計によって計算することができるとされています。

 問題は、課税庁から推計課税をされた場合に、納税者はそれを拒絶することができるのかということですが、極めて難しいといえます。

 納税者が課税庁の主張する額を超える必要経費の存在を明らかにするためには、帳簿書類等又はこれに準ずる客観的な資料に基づき、当該必要経費が現に発生しており、かつ、当該事業に係る収入金額と直接的な対応関係に立つことを明らかにしなければならないとされた事例(東京地裁令和5年3月8日判決・平成31年(行ウ)102号、東京高裁令和5年11月15日判決)があります。

 領収書の保存や適正な記帳をしていれば、そもそも、推計課税とされることはありません。

 領収書の保存や適正な記帳をしていないということであり、その結果、納税者が課税庁の主張する推計額を超える必要経費の存在を明らかにすることは難しいでしょう。

納税者が課税庁の主張する額を超える必要経費の存在を明らかにするためには、帳簿書類等又はこれに準ずる客観的な資料に基づき、当該必要経費が現に発生しており、かつ、当該事業に係る収入金額と直接的な対応関係に立つことを明らかにしなければならないとされた事例(東京地裁令和5年3月8日判決・平成31年(行ウ)102号、東京高裁令和5年11月15日判決)

(1)事案の概要

 本件の事案の概要は、次のとおりである。
① X(納税者)は、飲食店勤務やスナック経営を経て、複数店舗の社交飲食店業(クラブ)を営む者であり、所得税及び復興特別所得税並びに消費税及び地方消費税(所得税等)の各確定申告書を法定申告期限までにそれぞれ提出した。
② Y(課税庁)は、Xが申告した事業所得の金額及び消費税の課税標準等に誤りがあるとして、これらの金額を実額ないし推計(所得税法156条等)により計算し、所得税等の更正処分及び重加算税の賦課決定処分(本件各処分)を行った。
③ Xは、Yが認定した必要経費の額を超える必要経費が存在するなどとして、本件各処分の取消しを求めて本訴を提起した。
④ Xは、第一審(東京地裁令和5年3月8日判決・平成31年(行ウ)102号)が請求を棄却したため、これを不服として控訴した。

(2)本件の主な争点

 必要経費の立証責任及び立証の程度である。

(3)一審判決要旨(棄却)(控訴)

① 所得税の更正処分の取消訴訟では、まずは、課税標準の計算の基礎となるべき事実について立証責任を負う課税庁において、一定の必要経費の存在を明らかにしなければならないとはいえるものの、課税庁が明らかにした必要経費が当該事業に係る収入金額との対応上、通常一般的であると認められる場合には、納税者において、課税庁の主張する額を超える必要経費の存在を明らかにしない限り、当該事業の必要経費については、課税庁の主張する額を超えては存在しないものと推定することができるというべきであり、上記の場合において、納税者が課税庁の主張する額を超える必要経費の存在を明らかにするためには、帳簿書類等又はこれに準ずる客観的な資料に基づき、その内訳等、すなわち、当該費用の発生原因となる取引の時期、事由、支払先及び金額(少額の費用についてはその項目ごとの日々の合計金額)を明らかにすることによって、当該費用が現に発生しており、かつ、当該事業に係る収入金額と直接的な対応関係に立つことを明らかにしなければならないというべきである。
② 本訴においてYが主張する必要経費は、本件の事業に係る収入金額との対応上、通常一般的であるといえるところ、Xにおいて、帳簿書類等又はこれに準ずる客観的な資料に基づき、本訴においてXが主張する追加諸経費が実際に発生しており、かつ、これが本件の事業に係る収入金額と直接的な対応関係に立つことを明らかにしたとはいえないから、本件の事業に係る必要経費については、Yが主張する必要経費を超えては存在しないものと推定することができ、Xが主張する追加諸経費は、いずれも本件の事業に係る必要経費には含まれないといえる。

(4)控訴審判決要旨(棄却)(確定)

 裁判所は、第一審判決の判断を補正及び引用したほか、課税庁が明らかにした必要経費が当該事業に係る収入金額との対応上、通常一般的であると認められる場合には、納税者において、課税庁の主張する額を超える必要経費の存在を明らかにしない限り、当該事業の必要経費については、課税庁の主張する額を超えては存在しないものと推定することができるというべきであり、納税者が課税庁の主張する額を超える必要経費の存在を明らかにするためには、帳簿書類等又はこれに準ずる客観的な資料に基づき、当該費用が現に発生しており、かつ、当該事業に係る収入金額と直接的な対応関係に立つことを明らかにしなければならないと判断した上で、控訴審におけるXの補充主張(①課税庁が明らかにした必要経費が一般的であるかどうかの判断基準が明らかでない。②「通常一般的」であるとは、社会通念上相当性があることを意味するから、査察調査結果という主観的基準に依拠するのは不適切である。)に対して、それぞれ要旨次のとおり判断し、Xの控訴を棄却した。
① 課税庁が明らかにした必要経費が通常一般的であるかは、納税者の事業の種類、内容、規模(収入金額)、具体的な事業のあり方等を踏まえて具体的に判断する必要があると考えられるから、具体的な事案を問わず、画一的で汎用的な基準又は定量的な基準が示されないことをもって、上記の考え方に相当性がないということはできない。
② 上記の考え方は、必要経費を一方当事者の処分行政庁である課税庁が明らかにしたものや課税庁が必要経費として認めたものに限定するものではなく、課税庁が必要経費として明らかにしたものが通常一般的であると認められるかどうかを、裁判所が税務調査等の結果を含む証拠によって審理・判断した上、これを超える必要経費がある場合には、帳簿書類等の作成・保存をすべき立場にあって、通常一般的であると認められる額を超える額を明らかにすることができるはずの納税者においてそのことを明らかにすべきことを期するものである。