財産債務調書の概要
財産債務調書制度は、次の(1)又は(2)に該当する場合に、保有する財産の種類、数量及び価額並びに債務の金額その他必要な事項を記載した「財産債務調書」を、その年の翌年の6月30日までに、所得税の納税地等の所轄税務署長に提出しなければならない制度です(国送法6の2①本文、③前段)。
(1)次のイ又はロに該当する方で、その年分の退職所得を除く各種所得金額の合計額が 2,000万円を超え、かつ、その年の12月31日においてその価額の合計額が3億円以上の財産又はその価額の合計額が1億円以上の国外転出特例対象財産を有する場合
イ 所得税の確定申告書を提出すべき方
ロ 一定の所得税の還付申告書を提出することができる方
(2)居住者で、その年の12月31日においてその価額の合計額が10億円以上の財産を有する場合
〇「各種所得金額の合計額」には、①源泉分離課税の所得、②平成28年1月1日以降に支払を受けるべき一定の公社債の利子等のうち確定申告をしないことを選択したもの、③少額な配当所得のうち確定申告をしないことを選択したもの、④内国法人から支払を受ける一定の上場株式等に係る配当等のうち確定申告をしないことを選択したもの、⑤源泉徴収を選択した特定口座内保管上場株式等の譲渡による所得のうち確定申告をしないことを選択したものは含まれません。
〇国外転出特例対象財産とは、所得税法60条の2第1項に規定する有価証券等ならびに同条2項に規定する未決済信用取引等および同条3項に規定する未決済デリバティブ取引に係る権利をいいます(国送法6の2①本文、所法60の2①~③)。
財産債務調書制度における軽減及び加重措置
財産債務調書の提出制度は、所得税等の申告の適正性を確保するため、納税者の保有する財産及び債務に関する情報につき納税者本人から提出を求める制度であり、財産債務調書の提出及び適正な記載を確保するためのインセンティブとして、次のような加算税の軽減措置及び加重措置が設けられています。
(1)財産債務調書の提出がある場合の過少申告加算税等の軽減措置
財産債務調書を提出期限内に提出した場合に、財産債務調書に記載がある財産または債務に関して所得税の申告漏れが生じたときは、その財産または債務に係る過少申告加算税または無申告加算税(以下「過少申告加算税等」といいます。)が5パーセント軽減されます。
(2)財産債務調書の提出がない場合等の過少申告加算税等の加重措置
財産債務調書の提出が提出期限内にない場合または提出期限内に提出された財産債務調書に記載すべき財産または債務の記載がない場合(重要なものの記載が不十分であると認められる場合を含みます。)に、その財産または債務に関して所得税の申告漏れが生じたときは、その財産または債務に係る過少申告加算税等が5パーセント加重されます。
財産債務調書に記載する事項
財産債務調書には、財産の種類、数量、価額及び所在並びに債務の金額その他必要な事項を記載することとされています。
具体的には、国送規則別表第三に規定するとおり、「財産債務の区分」に応じて、「種類」別、「用途」別及び「所在」別に、その財産の「数量」及び「価額」又はその債務の「金額」などを記載することとなります(国送法6の2①本文、③前段、⑥、国送令12の2⑧、国送規則15①)。
なお、「財産債務の区分」として、「有価証券」に該当するものは、「価額」だけでなく「取得価額」の記載も必要となります(国送規則別表第三)。
「財産債務の区分」として、「有価証券」に該当するものの記載
(1)「種類」別とは、株式、公社債、投資信託、特定受益証券発行信託、貸付信託等の別及び銘柄の別のことをいいます(国送規則別表第三)。なお、株式については、「上場株式」と「非上場株式」の別を明記します。
(2)「用途」別とは、一般用及び事業用の別のことをいいます。
(3)「所在」とは、財産の所在について定める相続税法10条1項及び2項に掲げる財産については、これらの規定の定めるところにより記載することとされています(国送法6の2⑥、国送令10①、12の2①)。
ただし、有価証券の保管等を委託している場合には、金融商品取引業者等の所在地、名称及び支店名を記載します(国送令10②、12の2①、国送規則12③ただし書、④、15②、③、国送通達6の2-7)。
(4)「数量」とは、所有している株式等の数のことをいいます。
(5)「価額」とは、その年の12月31日における「時価」又は時価に準ずるものとして「見積価額」によることとされています(国送法6の2⑥、国送令12の2②、国送規則12⑤、15④)。
例えば、上場株式等については、金融商品取引所等の公表する同日の最終価格(その年の12月31日における最終価格がない場合には、同日前の最終価格のうち同日に最も近い日の価格(国送通達6の2-10前段括弧書))等となります。
(6)「取得価額」
有価証券の取得価額については、次のように算定することができます(国送通達6の2-13)。
次のいずれかの方法により算定した価額
(イ)金銭の払込み又は購入により取得した場合には、当該財産を取得したときに支払った金銭の額又は購入の対価のほか、購入手数料など当該財産を取得するために要した費用を含めた価額
(ロ)相続(限定承認を除く。)、遺贈(包括遺贈のうち限定承認を除く。)又は贈与により取得した場合には、被相続人、遺贈者又は贈与者の取得価額を引き継いだ価額
(ハ) (イ)、(ロ)その他合理的な方法により算出することが困難である場合には、次の価額
① 当該財産に額面金額がある場合には、その額面金額
② その年の12月31日における当該財産の価額の100分の5に相当する価額
財産債務調書における有価証券の記載の記載例
財産債務の区分 | 種 類 | 用途 | 所 在 | 数量 | (上段は有価証券等の取得価額) 財産の価額又は債務の金額 |
---|---|---|---|---|---|
有価証券 | 上場株式 (A 社) | 一般用 | 東京都港区○○3-1-1 △△証券△△支店 | 500株 | 6,500,000 6,450,000 |
有価証券 | 上場株式 (B 社) | 一般用 | 東京都港区○○3-1-1 △△証券△△支店 | 800株 | 2,500,000 3,000,000 |
特定口座及び非課税口座内に保有する上場株式等の場合
特定口座内に保有する上場株式等については、「種類別」のうち「銘柄の別」に区分することなく、所在別、種類別(株式、公社債、投資信託等の別)に、それぞれ一括して価額及び取得価額を記載して差し支えないとされています(国送通達6の2-6(5))。
同様に、非課税口座内に保有する上場株式等の「種類別」については、「銘柄別」に区分することなく、株式、投資信託等の別に、それぞれ一括して価額及び取得価額を記載して差し支えないとされています(国送通達6の2-6(5))。
重要なものの記載が不十分であると認められる場合
財産債務調書の提出が提出期限内にない場合または提出期限内に提出された財産債務調書に記載すべき財産または債務の記載がない場合(重要なものの記載が不十分であると認められる場合を含みます。)に、その財産または債務に関して所得税の申告漏れが生じたときは、その財産または債務に係る過少申告加算税等が5パーセント加重されます。
つまり、財産債務調書を期限内に提出したとしても、「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」(国送法6の3②)には、過少申告加算税等が5パーセント加重されます。
特定口座及び非課税口座内に保有する上場株式等の場合は「銘柄別」に区分する必要はありませんが、一般口座で保有している場合は「銘柄別」に区分する必要があります。
よって、一般口座に多数の銘柄の上場株式等を所有しており手間がかかる場合でも、銘柄ごとに記載する必要があります。
例えば、上述した「5. 財産債務調書における有価証券の記載の記載例」を、以下のように記載しますと、有価証券の銘柄及び数量の記載がないため、「重要なものの記載が不十分であると認められる場合」に該当し、過少申告加算税等の特例による加重措置の対象となります(令和6年2月7日裁決・裁事134集)。
財産債務の区分 | 種 類 | 用途 | 所 在 | 数量 | (上段は有価証券等の取得価額) 財産の価額又は債務の金額 |
---|---|---|---|---|---|
有価証券 | 上場株式 | 一般用 | 東京都港区○○3-1-1 △△証券△△支店 | - | - 9,450,000 |
令和6年2月7日裁決(裁事134集)判断要旨
請求人は、修正申告(本件修正申告)の基因となった有価証券(本件有価証券)について、①請求人が提出した財産債務調書(本件財産債務調書)に本件有価証券の銘柄の記載はないものの、種類別、用途別、所在別に記載され、財産の価額も一括で記載されていること、②本件財産債務調書に一括で記載されている価額と証券会社が発行した残高報告書に記載されている残高が一致するため本件有価証券を容易に特定できること、③内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律6条の3《財産債務に係る過少申告加算税又は無申告加算税の特例》2項に規定する重要なものの記載が不十分であると認められる場合に該当するか否かは、調査の際に、銘柄ごとの区分ができ、残高が一致することが確認できればいいことなどから、本件修正申告による過少申告加算税の計算において、同項の規定による加重措置は適用されず、むしろ同条1項の規定による軽減措置が適用される旨主張する。
しかしながら、加算税の加重措置及び軽減措置の適用の可否の判断は、財産債務調書の記載内容自体から行うべきであるところ、本件財産債務調書には、本件有価証券の銘柄及び数量の記載がないため、本件財産債務調書の記載内容からは本件有価証券を特定することは困難であると認められる。したがって、本件財産債務調書の記載は同号に規定する重要なものの記載が不十分であると認められる場合に該当し、過少申告加算税の計算において加重措置が適用され、軽減措置は適用されない。