概要
課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、「課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額(略)」です(消法28①)。
課税資産のみの譲渡の場合は、市場原理が働くことにより、事業者が恣意的に対価の金額を設定してその納税義務を免れようとする事態は通常起こり得ないものと考えられるため、当該譲渡の当事者間で授受することを合意した対価の額が「課税資産の譲渡等の対価の額」に当たるといえます。
問題となるのは、建物と土地のように課税資産と非課税資産とを同一の者に対して同時に譲渡(一括譲渡)する場合です。
契約によっては、内訳(課税資産と非課税資産それぞれの譲渡金額)が定められていない場合がありますが、そのような場合であっても、消費税の計算上、「課税資産の譲渡等の対価の額」がいくらであるかを明らかにする必要があります。
また、契約で内訳は定められてはいるが、その内訳が合理的とはいえない場合があり、課税上の問題が生じます。
消費税法は、通常の課税取引であれば二重課税が生じ得ることに鑑みて課税標準額に対する消費税額から仕入税額を控除し、不足がある場合には還付するという仕組み(仕入税額控除)を採用しています。
よって、仮に、一括譲渡の場合に当事者間で合意した対価の金額の区分に常に従わなければならないとすると、事業者が、課税資産の譲渡の対価の金額の割合を、仕入れ時における支払対価の額の割合に比して低く設定することによって、消費税額の納付額を少なくし、あるいは還付を受けるといったことが可能であり、特に、譲渡の相手方が最終消費者である場合は、このような税操作は簡単にできてしまいます。
このような税操作を封じるために、譲渡の当事者間において課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とを合理的に区分していないときは、当該課税資産及び非課税資産の各価額(譲渡に係る通常の取引価額)の比で按分する方法で、「課税資産の譲渡等の対価の額」を計算するとされています(消法28⑤、消令45③、消基通10−1−5 (注))。
事業者が土地と建物とを同一の者に対して同時に譲渡した場合の消費税の課税標準の額の算定に当たって、当該譲渡に係る売買契約書において土地の代金額と建物の代金額とが明示的に区分されていたとしても、消費税法施行令45条3項所定の「課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないとき」に該当するとされた事例(東京地裁令和5年5月25日判決・令和3(行ウ)123号、東京高裁令和6年5月30日判決・令和5(行コ)176号)があります。
消費税の税率が10%と昔に比べて高額な税率となっているため、今後、同じような事例が増えると思われます。
土地建物一括譲渡における売買契約書に記載された価額比率が不合理であり消費税額が過少とされた事例-東京高裁令和6年5月30日判決(令和5(行コ)176号)(棄却)
(1)事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 控訴人Xは、土地付き中古住宅買取再販事業を営んでいる法人であり、主に築年数の経過した物件を仕入れて、当該物件に必要な修繕等(リフォーム)を施し当該物件の価値を増加させた上で、顧客に対して販売するというビジネスモデルを採用している。Xが仕入れる物件は、築年数が古く内外装が傷んでいるなど、一般の中古住宅市場では流通しにくいものが多く、その約9割は個人から、残りの約1割は競売により仕入れている。なお、Xが仕入れる物件の約9割は戸建住宅であり、また、仕入れた物件の約6割ないし7割は空き家である。Xの主要顧客は、地方都市に在住する世帯年収が200万円~500万円、年齢が30歳~50歳のファミリー世代であって、2LDKや3DKで50㎡程度といった賃貸住宅に居住しており、家族3、4人で住むには手狭になってきたことから、今支払っている家賃と同程度かそれより低い経済的負担で購入することができる安価な物件を求めている者である。Xは、物件を仕入れた時点で将来的な販売金額を決定し、仕入れた直後から自社ホームページ上に物件を掲載して売出しを行い、仕入れから平均約5か月間という短期間で売却していた。
② Xは、物件を仕入れる際、土地及び建物を一括で取得しており、また、物件を販売する際にも、土地及び建物を一括譲渡しているところ、Xによる物件の仕入れ時及び販売時の消費税額の算出方法等は、それぞれ以下のとおりである。
イ 物件の仕入れ時の消費税額の算出方法
Xは、売主から物件を仕入れた際の建物に係る消費税額(消費税法30条1項による控除の対象となる。)を計算するに当たっては、当該物件に係る売買代金総額(消費税額を含む。以下同じ。)を、当該物件を仕入れた年度における土地及び建物それぞれについての固定資産税の課税標準である固定資産の価格(地方税法380条1項。以下単に「固定資産税評価額」という。)の比で按分する方法により算出している。つまり、土地の支払対価の額は、売買代金総額に、土地及び建物の固定資産税評価額の合計金額のうち土地の固定資産税評価額が占める割合を乗じて算出し、建物の支払対価の額は、売買代金総額に、土地及び建物の固定資産税評価額の合計金額のうち建物の固定資産税評価額が占める割合を乗じた金額に、更に108分の100(編注:当時の税率)を乗じて(すなわち、消費税額相当額を除いて)算出している。
ロ 物件の販売時の消費税額の算出方法(以下「本件X算出方法」という。)
Xは、物件を販売する際の消費税額について、戸建住宅の場合には売買代金総額に2.7%を乗じた金額(1万円未満切捨て)とし、集合住宅の場合には売買代金総額に5.4%を乗じた金額(1万円未満切捨て)としていた。
戸建住宅の計算で用いる2.7%は、Xが過去(平成25年4月1日から同年9月30日までの6か月間)に仕入れた戸建住宅物件について、個々の物件の固定資産税評価額等の合計額に建物の固定資産税評価額等が占める割合(以下「建物割合」という。)の平均値が約34%(以下「X建物按分率」という。)であったことから、これに消費税等の税率8%を乗じて算出したものである。集合住宅の計算で用いる5.4%は、戸建住宅の2.7%を2倍した割合である。
また、Xは、上記のとおり算出した消費税額を100分の8で除した金額を建物の譲渡の対価の額(建物代金額)とし、売買代金総額から当該建物の譲渡の対価の額及び消費税額を除いた金額を土地の譲渡の対価の額(土地代金額)としていた。
③ Xは、顧客から物件の購入の申込みを受け、最終的に顧客との間で契約内容について合意に至った場合、顧客との間で売買契約書を作成している。Xが用いている売買契約書の書式には、売買代金として、(イ)売買代金総額並びにその内訳として土地代金額、建物代金額及び消費税額が記載されているものと、(ロ)売買代金総額及び当該金額に含まれる消費税額のみが記載されており、土地代金額及び建物代金額の記載はないものとがある。もっとも、いずれの書式を用いる場合であっても、売買契約書に記載する消費税額等の各金額の算出方法は本件X算出方法のとおりであった。
④ Xは、本件X算出方法により算出した建物の譲渡の対価の額は消費税法28条1項における課税資産の譲渡の対価の額であるとし、同様に算出した土地の譲渡の対価の額は非課税資産の譲渡の対価の額であるとして、平成28年3月期から平成31年3月期までの各課税期間(以下「本件各課税期間」という。)における消費税等の申告(還付申告)を行った。
⑤ 処分行政庁は、令和2年4月28日、本件各課税期間にXが販売した物件のうち、販売時の消費税額を売買代金総額に2.7%又は5.4%を乗じて算出しているものの譲渡の対価の額については、消費税法施行令45条3項に規定する「課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないとき」に該当し、本件各物件に係る課税資産(建物)の譲渡に係る消費税の課税標準は、「本件被告算出方法」で算出した金額であるとして、更正処分等(以下「本件更正処分等」という。)を行った。
「本件被告算出方法」とは、本件各物件の建物と土地の価額について、建物と土地の各仕入れ時の支払代金額(これらの代金額の比率は仕入れ時の固定資産税評価額等の比率に応じたものとなっている。)を基礎とし、これらに、Xが行ったリフォーム等の費用のうち建物に係るものは建物の価額として、土地に係るものは土地の価額として、両者に共通するものは仕入れ時の支払代金額の比率で按分したものをそれぞれの価額として付加することにより算出した額をもって、消費税法施行令45条3項の「価額」とするものである。
⑥ Xは、処分行政庁が行った本件更正処分等は違法であるとして、その取消しを求めた。
⑦ 一審の東京地裁令和5年5月25日判決(令和3(行ウ)123号)においてXの主張が棄却されたため、Xは控訴をした。
(2)本件の主な争点
本件の争点は、本件更正処分等の適法性であるが、具体的には、以下の3点である。
①土地及び建物の一括譲渡に当たり、売買契約書において土地の代価及び建物の代価が区分されている場合に、消費税法施行令45条3項を適用することができるか否か(争点1)
②(上記①で適用を肯定する場合)本件各物件の譲渡が、消費税法施行令45条3項に規定する「課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないとき」に該当するか否か(争点2)
③(上記②で該当性を肯定する場合)本件更正処分等において算定された建物の譲渡に係る消費税の課税標準は、消費税法施行令45条3項所定の方法によって算定されたものといえるか否か(争点3)
(3)一審判決要旨(棄却)(控訴)
(争点1)
① 消費税法施行令45条3項は、消費税法28条5項の委任を受けて、一括譲渡の場合の課税資産の譲渡の対価の額の計算の細目を定めるものとして、当該譲渡の当事者間において課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とを合理的に区分しているときはその額によることとし、合理的に区分していないときは、当該課税資産及び非課税資産の各価額(時価)の比で按分する方法で計算した金額とすることを定めたものといえる。
② Xは、一括譲渡の場合であっても、当該譲渡の当事者間で課税資産の譲渡の対価の額を、非課税資産の譲渡の対価の額と区分して合意したときは、当該合意した額が「課税資産の譲渡等の対価の額」であり、課税標準の額を算定するための別途の計算は不要であるから、消費税法28条5項及びその委任を受けた消費税法施行令45条3項が適用される余地はない旨を主張する。しかしながら、消費税法28条1項本文の文理上、一括譲渡の場合の課税標準の算定に当たって、当事者間で明示的に合意した金銭による対価の額(以下「対価の金額」ということがある。)の区分に常に従わなければならないことが明らかにされているとはいえない。
③ 一括譲渡の場合において、当該譲渡の相手方が最終消費者であるときは、当該相手方としてはその代金総額が幾らになるかについては強い関心があるとしても、課税資産と非課税資産の内訳についてはそこまでの関心があるとはいえず、むしろ消費税額の実質的な負担を最小化する観点からは、当事者双方にとって、代金総額に占める課税資産に係る対価の金額の割合を小さくすることのメリットが大きいともいえる。
④ 土地及び建物の一括譲渡の場合の課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準の額を計算するに当たっては、売買契約書において土地の代価及び建物の代価が仮に金額面において区分されていたとしても、消費税法施行令45条3項が適用され得るものというべきである。
(争点2)
⑤ 一括譲渡の場合において、当該譲渡の当事者間で、課税資産の対価の金額と非課税資産の対価の金額を区分して合意していたときに、消費税法施行令45条3項所定の「課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないとき」に該当するか否かを判断するに当たっては、同項が「合理的に区分されていないとき」としている趣旨が、事業者が恣意的に課税資産の譲渡の対価の金額を設定して納税義務を免れようとする事態を防止するところにもあることに鑑みれば、Xが指摘するような合意の形成過程に合理性があるかどうかに限らず、当該課税資産及び非課税資産のそれぞれの本来的な価額の比率や、これらを仕入れた際のそれぞれの対価の額の比率との比較において、課税資産の対価の額の割合が過少になっていないかどうかなどの事情をも考慮すべきものと解するのが相当である。
⑥ Xは、一般の中古住宅市場では流通しにくい中古物件を仕入れて、リフォーム等を施してその価値を高めて販売するというビジネスモデルを採用しており、リフォーム等の費用の大部分は建物に係るものが占めていたものと認められるのであり、当該リフォームによって建物を中心にその交換価値を高めていたものと評価し得る。そうであるにもかかわらず、Xは、上記のようなリフォームを経た本件各物件の販売時において、売買代金総額に占める建物の代金額を、専ら、過去に仕入れた戸建住宅物件の建物割合の平均値であるX建物按分率に基づく本件X算出方法により算出していたものである。このように、物件の販売時に本件X算出方法によって売買代金総額に占める建物の代金額を算出した場合には、リフォームによって高めた交換価値が売買代金総額に占める建物の代金額の比率に適切に反映されないことは明らかである。加えて、Xは、本件各物件を仕入れた際には、売買代金総額に占める建物の代金額を、個々の物件の固定資産税評価額等の合計額に建物の固定資産税評価額等が占める割合(建物割合)に基づき算出していたことから、Xが扱った本件各物件の仕入れ時及び販売時の土地及び建物の代金額をみると、全体的な傾向として、本件各物件が位置する地方都市においては土地価格の変動が本来少ないはずであるにもかかわらず短期間の間に土地の価値が急騰したような形になる一方、建物の価値は下落して建物単体でみると損失が生じた形になっている上、Xは、本件各課税期間において、輸出免税取引や赤字決算のような事情が見当たらず、むしろ、営業利益が年々上昇していたにもかかわらず、合計約12億円もの消費税の還付申告を行っている。
⑦ 本件X算出方法は、リフォームにより高めた本件各物件の交換価値を建物の対価の額に適切に反映したものということはできず、その結果としてXが高額の消費税の還付を受けることになっていることも踏まえると、売買代金総額に占める課税資産である建物の対価の額が、非課税資産である土地の対価の額に比して著しく過少に区分されていたものといわざるを得ない(上記建物の対価の額は、売買契約におけるその対価の金額のみならず、これと一括譲渡される土地部分をその時価よりも高く売却することができるというXにとっての経済的利益を含むものとみるほかはない)から、前記⑤のような消費税法施行令45条3項の趣旨に照らしても、不合理なものであることは明らかである。そうすると、Xによる本件各物件の譲渡は、同項に規定する「課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないとき」に該当するものというべきであるから、本件各物件の譲渡に係る消費税の課税標準は、同項所定の方法によって算定されるべきである。
(争点3)
⑧ 本件被告算出方法は、価額による按分を定めた消費税法施行令45条3項に従った方法として、適法なものというべきである。
(4)控訴審判決要旨(棄却)
一審と同旨