概要
ブラジルでは、海外からの投資を促進するため、国債の利子の課税上、減免措置を設けており、日本の投資家がブラジル国債の利子の支払いを受けても、ブラジルでは課税されません。
しかしながら、ブラジルにおいて課税がされなくても、我が国では20.315%で所得税等・住民税が課税されるため、このままでは日本の投資家がブラジル国債をあえて購入するメリットはなく、結果的に、ブラジルへの投資が促進されないことになってしまいます。
そのため、ブラジルへの経済支援として日伯租税条約により、利子については、実際に課税されていなくても、ブラジルで20%の率で課税されたものとみなし、外国税額控除の適用ができることされています。「みなし」によるため、一般的に「みなし外国税額控除」といわれています。
平成27年12月31日までに支払われたブラジル国債の利子については、源泉分離課税とされ、また、差額徴収方式が採用されていました。
源泉分離課税とは、他の所得とは関係なく、所得を受け取るときに一定の税額が源泉徴収され、それで全ての納税が完結する制度あり、確定申告することはできません。 そして、差額徴収方式は以下のように計算されます。
実際の源泉徴収税額 = 本来、源泉徴収すべき金額 - 外国源泉徴収税額
本来、特定公社債(国債、外国債等)の利子において、我が国で源泉徴収すべき金額の税率は所得税15%、住民税5%ですが、外国源泉徴収税額が20%である場合、結果的に、我が国で源泉徴収すべき金額は0円となります。また、差額徴収方式で外国税額控除後の所得税額が0円の場合、復興特別所得税も0円となります。
差額徴収方式においては、「みなし外国税額控除」も対象となるため、ブラジル国債の利子は、我が国での源泉徴収税額は0円となり、また、源泉分離課税のため確定申告の必要がありませんでした。
しかしながら、平成28年1月1日以後に支払われるブラジル国債の利子については、源泉分離課税から申告分離課税(措法3の3①、8の4)となり、また、差額徴収方式が廃止されたため、確定申告をしなければ「みなし外国税額控除」の適用を受けれないようになってしまいました(所法95、措法3の3④二)。
そして、確定申告による外国税額控除の場合には控除限度額があるので、「みなし外国税額控除」の全額が還付されるとは限りません。
つまり、「みなし外国税額控除」の税率20%とは、あくまでも上限であるため、確定申告による外国税額控除限度額で計算した金額がそれよりも低ければ、その金額でまでしか外国税額控除の適用はできないのです。
外国税額控除限度額は以下のように計算されます(住民税は省略)。
控除限度額 = その年分の所得税額・ 復興特別所得税額 × (その年分の 国外所得総額 / その年分の所得総額)
外国税額控除は控除限度額までしか適用できないとされた事例(ブラジル国債の利子)-名古屋地裁令和3年12月8日判決(税資271号-139(順号13641))(棄却)(控訴)
(1)事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおりである。
① 原告Xは、平成30年当時、名古屋市に居住していた年金受給者であり、A証券株式会社名古屋支店において特定口座を開設し、ブラジル国債を買い入れた(以下、このブラジル国債を「本件ブラジル国債」という。)。
② Xは、平成30年、本件ブラジル国債の利子合計80万2958円の支払を受け、同額から所得税合計12万2972円、住民税合計4万0147円を控除した合計63万9839円の交付を受けた。
③ Xは、平成31年2月15日、平成30年分の所得税等の確定申告(以下、「平成30年分確定申告」といい、提出した確定申告書を「平成30年分確定申告書」という。)をした。
平成30年分確定申告書に記載された外国税額控除額16万0591円は、Xが同年中に支払を受けた本件ブラジル国債の利子合計80万2958円に20%を乗じて算出された金額である。
④ 所轄税務署長は、令和元年12月20日付けで、Xに対し、外国税額控除の額に誤りがあるとして、納付すべき税額を増額させる更正処分等をした。
増額更正処分において、外国税額控除額は外国税額控除限度額により5万3759円(所得税法95条1項による控除税額5万2654円、復興財源確保法14条1項による控除税額1105円)とされた。
Xは、平成30年において、所得税額は17万850円、復興特別所得税額は3587円、所得総額は260万5408円、国外所得総額は80万2958円であった。
⑤ Xは、上記処分は日伯租税条約に反するなどとして、処分の取消しを求めた。
〇日伯租税条約
10条1項は、一方の締約国内で生じ、他方の締約国の居住者に支払われる利子に対しては、当該他方の締約国において租税を課すことができる旨を規定し、同条2項は、1項の利子に対しては、当該利子が生じた締約国において、その締約国の法令に従って租税を課すことができ、その租税の額は、当該利子の金額の12.5%を超えないものとする旨を規定する。
22条2項(a)(ⅰ)は、本文において、日本国の居住者が同条約の規定に従ってブラジルにおいて租税を課される所得をブラジルにおいて取得するときは、その所得(以下「ブラジル源泉所得」という。)について納付されるブラジルの租税の額は、その居住者に対して課される日本国の租税〔住民税を含む。同項(d)〕から控除される旨を規定し、ただし書において、その控除の額は、日本国の租税の額のうち、その所得に対応する部分を超えないものとする旨を規定し、同項(b)(ⅰ)柱書き及び(B)は、同項に規定する控除の適用上、ブラジルの租税は、常に、同条約10条2項の規定が適用される利子については、20%の率で納付されたものとみなす旨を規定する。
(2)本件の主な争点
Xの本件各年分の所得税等につき、所得税法95条1項及び同法施行令222条1項を適用して外国税額控除限度額を計算したことが日伯租税条約に反せず適法であるかである。
(3)判決要旨(棄却)(控訴)
① 日伯租税条約は、一方の締約国内で生じ、他方の締約国の居住者に支払われる利子に対しては、当該他方の締約国において租税を課することができる旨を規定する(同条約10条1項)一方、二重課税の回避を趣旨として、日本の居住者がこの条約に従ってブラジル源泉所得を取得するときは、その所得について納付されるブラジルの租税の額は、その居住者に対して課される日本国の租税の額のうち、その所得に対応する部分を限度として、当該日本国の租税から控除する旨を規定する〔同条約22条2項(a)(ⅰ)〕。同条項は、複数存在する国際的二重課税の回避する方法のうち、国外所得であるブラジル源泉所得に対し居住地である日本の実効税率を乗じて計算した外国税額控除限度額を限度として外国税額控除をする、いわゆる通常の税額控除方式を採用すべきことを定めたものであり、我が国の所得税法95条1項も、国外所得に対する外国税額控除について通常の税額控除方式を採用しているから、同条約22条2項(a)(ⅰ)は、所得税法95条1項と同旨の内容を確認的に規定したものといえる。
② そして、同条約22条1項(a)(ⅰ)ただし書は、外国税額控除限度額について、「日本国の租税の額のうち、その所得に対応する部分を超えないものとする。」と規定するにとどまり、同条約中に「その所得に対応する部分」の定義やその具体的な計算方法を定める規定はなく、その適用方法に関する規定もないから、同条項から具体的な控除限度額を計算することはできず、同条項の規定を直接適用することはできない。かえって、同条約2条2項においては、一方の締約国がこの条約を適用する場合には、特に定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除くほか、この条約が適用される租税に関するその締約国の法令上有する意義を有するものとするとされていることや、そもそも国際的二重課税の問題は低い税率の国の実効税率の範囲内で生じ、通常の税額控除方式における外国税額控除限度額は国外所得金額に国内の実効税率を乗じて計算されるものであることに照らしても、日伯租税条約は、ブラジルで納付した租税の外国税額控除限度額の計算については日本の法令に従うことを予定しているものと解される。
③ 以上からすれば、ブラジル国債の利子を取得した日本の居住者に対する所得税の外国税額控除限度額の計算に当たっては、日本の所得税等の関係法令が適用されるべきものであり、我が国においては所得税法95条1項及びその委任を受けた同法施行令222条1項の規定を適用して外国税額控除限度額の計算がされることになるから、Xの所得税における本件ブラジル国債の利子に係る外国税額控除の計算にこれらの規定を適用することが日伯租税条約に違反するものとはいえない。