概要

 評価対象地上の家屋がアパート等の共同住宅であって、課税時期において一部空室がある場合、原則として、空室に対応する家屋、敷地部分の評価については減額を行わないこととされています(評基通26)。

 空室が増えて経済的価値が低下すると評価額が上昇するという矛盾が生じることになるのですが、このような取扱いの基となったのは、最高裁平成10年2月26日第一小法廷判決(税資230号851頁)です。

 この判決の事案では、相続財産である賃貸用新築マンションの家屋とその敷地(貸家建付地)の価額が争われたのですが、相続開始時には新築間もないこともあって21室中4室しか入居していなかったため(法定申告期限頃にはほぼ満室)、残りの17室を自用地等として評価した課税処分の適否が問題となったのです。

 一審の横浜地裁平成7年7月19日判決(税資213号134頁)は、次のとおり判示し、空室部分の評価減を否定しています。
「相続税法22条所定の相続開始時の時価とは、相続等により取得したとみなされた財産の取得日において、それぞれの財産の現況に応じて、不特定多数の当事者間において自由な取引がされた場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解するのが相当であるから〔評基通1項(2)参照〕、相続開始時点において、いまだ賃貸されていない部屋が存在す場合は、当該部屋の客観的交換価額はそれが借家権の目的となつていないものとして評価すべきである。」

 控訴審である東京高裁平成8年4月18日判決(税資216号144頁)、上告審である前掲最高裁平成10年2月26日第一小法廷判決も、一審判決を支持しています。

 ただし、アパート等については、課税時期に一時的に一部、空室が生じる場合がありますが、このような場合にも減額できないとするのは不動産の取引実態等と照らし実情に即しているとは言えません。

 そのため、アパート等の一時的な空室部分が、「継続的に賃貸されてきたもので、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められる」ものについては、課税時期において賃貸されていたものとして取り扱って差し支えないものとされています(評基通26(注)2、タックスアンサー「貸家建付地の評価」)。

 アパート等の一部に空室がある場合の一時的な空室部分が、「継続的に賃貸されてきたもので、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められる」部分に該当するかどうかは、その部分が、①各独立部分が課税時期前に継続的に賃貸されてきたものかどうか、②賃借人の退去後速やかに新たな賃借人の募集が行われたかどうか、③空室の期間、他の用途に供されていないかどうか、④空室の期間が課税時期の前後の例えば1ケ月程度であるなど一時的な期間であったかどうか、⑤課税時期後の賃貸が一時的なものではないかどうかなどの事実関係から総合的に判断することになっています(質疑応答事例「貸家建付地等の評価における一時的な空室の範囲」)。

 しかしながら、一時的な空室であると認められた平成20年6月12日裁決(高裁(諸)平19第25号)といった事例もあるのですが、認められなかった事例(平成21年3月25日裁決・大裁(諸)平20第62号、平成26年4月18日裁決・裁事95集、大阪地裁平成28年10月26日判決・税資266号-145(順号12923)、大阪高裁平成29年5月11日判決・税資267号-70(順号13019)、大阪高裁平成30年1月12日判決・税資268号-1(順号13106)等)のほうが圧倒的に多い状況です。

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貸家及び貸家建付地の空室部分につき「一時的空室部分」に該当しないとされた事例-神戸地裁平成29年3月7日判決(税資267号-39(順号12988))、大阪高裁平成30年1月12日判決(税資268号-1(順号13106))(棄却)(上告)

(1)事案の概要
 本件は、X(原告・控訴人)らが、亡丁の相続に係る相続税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けたのに対し、これらの処分には相続財産である不動産(貸家及び貸家建付地)の評価を誤った違法があるなどと主張して、処分の取消しを求める事案である。具体的には、亡丁の相続財産として各独立部分(33室)から成る集合住宅である貸家及び貸家建付地があったが、相続時には1室亡丁居住利用、25室入居、7室空室という状況であり、空室部分が「一時的空室部分」(財産評価基本通達《以下「評基通」という。》26(注)2)に該当するか否かで争われた。なお、空室期間は、短いもので2か月と23日、長いもので23か月と14日に及ぶものであったが、相続開始後は、いずれも賃貸されている。
 なお、本件は上告されたが上告審で棄却されている(最高裁平成30年7月10日第三小法廷決定・税資268号-61(順号13166))。

(2)一審判決要旨(請求棄却)(控訴)
① 評基通26(注)2は、「賃貸割合」の算定に当たり、継続的に賃貸されていた各独立部分で、課税時期において、一時的に賃貸されていなかったと認められるもの(一時的空室部分)については、課税時期において賃貸されているものと取り扱うことを許容している。その趣旨は、継続的に賃貸の用に供されている各独立部分が、課税時期にたまたま賃貸されていなかったような場合においてまで、当該各独立部分を賃貸されていないものと取り扱うことは、不動産の取引実態等に照らし、必ずしも実情に即したものとはいえないからであると解される。

② 各独立部分が評基通26(注)2所定の一時的空室部分に当たるといえるためには、当該独立部分が課税時期において賃貸されていたと実質的に同視し得ることを要し、具体的には、(イ)課税時期前の近接した時点まで、現に相当期間にわたり継続して賃貸されており、かつ、(ロ)課税時期を基準として、その後の近接した時点で相当期間にわたる賃貸借契約が締結される具体的な見込みがあったといえることを要するというべきである。そして、その判断に当たっては、課税時期の前後に現実に存在した賃貸借契約の締結時期(空室期間)、賃貸期間、内容等に加え、その締結に向けた行動の有無、内容等の具体的な事実関係を総合的に考慮し、客観的かつ合理的に判断するのが相当である。そして、相続財産である貸家及び貸家建付地の価額は、評基通26及び93を適用して評価されたものである場合には、その評価方式が時価を算定するものとして合理的であると認められ、当該価額をもって相続税法22条にいう「時価」と評価することが許容されるものと解される。

③ 証拠に照らしても、本件各空室部分は、上記課税時期の時点で、その全部又は一部につき特定の者との間で賃貸借契約の締結に向けた具体的な交渉をしていたなどの事実が認められない以上、上記②(ロ)にいう、同時点を基準として、その後の近接した時点で賃貸借契約が締結される具体的な見込みがあったと認めるには足りないというほかない。この点については、Xら自身、賃貸住宅が供給過剰になっていたことから、簡単に賃借人が決まる状態ではなかった旨主張しているところである。そうであるとすれば、本件各空室部分は、その全部について、課税時期において賃貸されていたと実質的に同視し得ると認めることはできない。

④ したがって、本件各空室部分は、評基通26(注)2所定の一時的空室部分に当たるということはできず、賃貸部分に含まれるとはいえない。

(3)控訴審判決要旨(請求棄却)(上告)
① 評基通26(注)2は、構造上区分された複数の独立部分からなる家屋の一部が継続的に賃貸されていたにもかかわらず課税時期において一時的に賃貸されていなかったと認められる場合には、例外的に当該独立部分(一時的空室部分)を賃貸部分と同様に取り扱うこととしたものと解される。このような評価通達の趣旨に照らせば、構造上区分された複数の独立部分からなる家屋の一部が課税時期に賃貸されていない場合において、当該独立部分が一時的空室部分といえるためには、当該独立部分の賃貸借契約が課税時期前に終了したものの引き続き賃貸される具体的な見込みが客観的に存在し、現実に賃貸借契約終了から近接した時期に新たな賃貸借契約が締結されたなど、課税時期前後の賃貸状況等に照らし実質的にみて課税時期に賃貸されていたと同視し得ることを要するというべきである。

② これを本件各空室部分についてみると、本件各空室部分の課税時期前後の空室期間は最も短い場合でも2か月と23日に及ぶものであり、本件各空室部分について課税時期前の賃貸借契約終了後も引き続き賃貸される具体的な見込みが客観的に存在したにもかかわらず上記の期間新たな賃貸借契約が締結されなかったことについて合理的な理由が存在したなどの事情は認められない。むしろ、Xらは、課税時期当時、賃貸住宅の供給過剰のため本件各空室部分について簡単に賃借人が決まる状態ではなかったと主張しているから、上記のような事情はなかったものと認められる。そうすると、本件各空室部分が実質的にみて本件相続時に賃貸されていたと評価し得るものであるということはできないから、本件各空室部分が一時的空室部分に該当するということはできない。