概要

 会社代表者や役員が相応の役員給与を貰いながらも、会社が業績不振で資金不足の場合には、代表者や役員が会社に対して多額の運転資金を貸し付けるということは、同族会社ではよくあります。

 問題は、このような債務超過会社への貸付金債権を持っている状態で、相続が発生すると、評価通達205の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するか否かで争われることがあります。

 例えば、代表取締役が会社に対して1億円を貸し付けたまま亡くなったとします(会社側からすると1億円の役員借入金)。相続税の計算では、本来、この1億円も相続財産となってしまいますが、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当すれば、0円と評価ができるので相続税が安く済みます。

 ただし、この該当性については、過去の判決において、納税者にとっては厳しい判示が繰り返され否定されています(名古屋地裁平成16年11月25日判決・税資254号順号9834、千葉地裁平成19年10月30日判決・税資257号順号10808、福岡地裁平成28年1月22日判決・税資266号-8(順号12786)、福岡高裁平成28年7月14日判決・税資266号-102(順号12880)、東京地裁平成30年3月27日判決・税資268号-31(順号13136)、東京高裁平成30年9月27日判決・税資268号-92(順号13197)、平成30年7月2日裁決・東裁(諸)平30第2号等)。

 過去の判決の判示によれば、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の該当性を判断するポイントは2つあり、1つ目は「評価通達205(1)ないし(3)の事由と同程度に、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、そのため、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると確実に認められるとき」であるか否かであり、2つ目は「金融機関に対する返済が滞っていた」であるか否かです。

 会社が債務超過状態であったといっても、被相続人(役員)からの借入れがほとんどであり、利息の支払はなく返済の実績もなかった場合や、金融機関等からの借入れがない場合は、その会社への貸付金を相続税評価額0円とするのは無理でしょう。

 回収が著しく困難な状況にあり、財産的価値はないものと認められた事例として平成14年6月28日裁決(関裁(諸)平13第98号)がありますが、この事例では、貸付先の会社が相続開始から10か月ほどで倒産しています。

 なお、実質的に、大部分が回収不能といえる貸付金債権であっても、原則として、その額面金額が相続税評価額となり、多額の相続税が課税されるという問題については、貸付金の放棄(債務免除)や、貸付金の現物出資(DES)等といった事前対策が考えられます。

 ただし、貸付金の放棄(債務免除)や、貸付金の現物出資(DES)等の相続税対策は、会社側にとっては債務免除益・債務消滅益といった課税リスクがあるため、実行する場合には慎重に検討すべきです。また、債務免除益が計上されると第三者保有の株式評価額が上がることから株主間のみなし贈与になる場合があります(相基通9-2、9-3)。

 相続税対策で、税理士が「DES」リスクの説明義務を怠った等ということで、税理士法人に3億円超の支払いを命じた判決があります(東京地裁平成28年5月30日判決・判タ1439号、東京高裁令和元年8月21日判決・金判1583号8頁)。

 また、擬似DESでは、会社側についてはDESのような債務消滅益は発生しませんが、同族会社の行為計算否認規定等に該当する場合があります。

 なお、個人事業主が同族会社に対して有する貸付金に対して貸倒損失処理をして必要経費に算入した場合は、否認されるリスクがあります。

遺言書に「同族会社に対する貸付金債権を放棄する」旨の記載がある場合の課税関係-大阪国税局 資産課税課「資産税関係質疑応答事例集」(平成23年6月24日)

(質疑事項)
 被相続人は、同人が代表取締役社長であった同族会社A社に対する貸付金債権を放棄する旨の遺言を遺して死亡した。この場合の課税関係はどのようになるか。

(回答)
1 債務免除益について、A社に法人税が課税される。
2 債務免除に伴うA社株式の株価上昇に係る利益相当額について、A社の個人株主に相続税が課税される。

(理由)
1 相続税法では、一般の普通法人に対し相続税及び贈与税を課す規定がないことから、当該法人が被相続人から遺贈により財産を取得したとしても、当該法人が相続税又は贈与税の納税義務者となることはない。
 なお、当該遺言により、A社が被相続人からの借入金の弁済を免除された場合には、その債務免除益について、A社に法人税が課税されることとなる。

2 また、相法9条は、対価を支払わないで又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合には、当該利益を受けた者が、当該利益の価額に相当する金額を当該利益を受けさせた者から贈与(当該行為が遺言によりなされた場合には、遺贈)により取得したものとみなす旨規定している。
 A社の株価は、A社が被相続人から遺言により借入金の弁済を免除されたことによって上昇することとなり、A社の個人株主は、そのことによって受ける利益相当額(当該個人株主が所有するA社の株式について、当該債務免除後の株価から当該債務免除前の株価を差引いて計算した金額)を被相続人から遺贈により取得したものとみなされ、相続税の納税義務を負うこととなる(相基通9-2)。

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「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」(通達205)に該当するとはいえないから、通達204に基づき債権の元本による評価をすべきこととされた事例-福岡地裁平成28年1月22日判決(税資266号-8(順号12786))

(1)事案の概要

 原告Xらは、平成22年1月5日に死亡した母(被相続人)を相続し、その相続に係る相続税について、被相続人が相続開始時に有限会社C社に対して有していた貸付金債権(本件貸付金債権)の価額を1000万円と評価し、所轄税務署長Yに相続税申告をした。これに対して、Yは、本件貸付金債権の価額を4656万円余と評価し、各更正処分等を行った。本件は、Xらが、各更正処分等は違法であるとして、これらの取消しを求める事案である。

(2)判決要旨(棄却)

① 貸付金債権等は、上場株式等とは異なり、客観的な交換価格を一義的に確定することができず、個別に債権の回収率を算定して、それをもって時価評価とすると、会社の営業状況や将来性等必ずしも客観的一義的な評価方法が確立していない要素に左右されることになるし、また、客観的に明白な事由なしに回収率を算定することは、納税者の恣意を許し、課税庁に過大な負担を強いることになるため、通達204《貸付金債権の評価》は、貸付金債権等については元本の価額及び利息の価額の合計額により評価することを原則とし、通達205《貸付金債権等の元本価額の範囲》は、例外的に同柱書又は(1)ないし(3)のような事由が存在する場合に限って、その部分について元本不算入の取扱いをしており、相続税法22条を具体化した基準として合理的なものと認められる。したがって、本件貸付金債権の評価についても、通達204、205により評価すべきである。

② 通達205の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、通達上、貸付金債権等の評価は、原則として元本の価額と利息の価額との合計額により(通達204)、「次に掲げる金額に該当するとき」すなわち通達205(1)ないし(3)に定める場合はその例外とされているとともに、上記文言が、「次に掲げる金額に該当するとき」に続けて並列的に定められていることからすると、上記の「次に掲げる金額に該当するとき」と同視できる程度に債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、そのため、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると客観的に認められるときをいうものと解するのが相当である。

③ 本件貸付金債権について評価するに、確かに、C社は、相続開始時、その経営状況が悪化していたものであるが、相続開始時の前後を通じて事業を継続し、毎年、経常損益の赤字額を大きく超える1億5000万円近くの売上げを計上していたものであって、C社の負債の大半は同族役員等からの返済時期の定めのない無利子の借入れによるものであったことからしても、Xらが主張するようにC社が経営破綻の状態にあったなどと認めることはできない。

④ したがって、本件貸付金債権について、相続開始時において、通達205にいう「次に掲げる金額に該当するとき」と同視できる程度に債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、そのため、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると客観的に認められるときに該当するとはいえず、「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」(通達205)に該当するとはいえないから、通達204に基づき債権の元本による評価をすべきこととなる。

債務超過状態の会社への貸付金債権等の相続税ゼロ評価が否認された事例-平成30年7月2日裁決(東裁(諸)平30第2号)(請求棄却)

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人Xらが、相続により取得した同族会社A社に対する貸付金6,000万円及び未収入金6,769万円余(合わせて貸付金等)について、評価通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するから、零円と評価すべきであったなどとして相続税の各更正の請求をしたところ、原処分庁が、更正をすべき理由がない旨の各通知処分をしたため、当該処分の取消しを求めた事案である。

(2)裁決要旨(請求棄却)

① 評価通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、評価通達が、貸付金債権等について、原則として元本の価額と利息の価額の合計額をもって評価し、例外として債務者について手形交換所の取引停止処分等に該当するような客観的に明白な事由が存する場合に限り、その部分の金額を元本の価額に算入しないとしていること、及び「次に掲げる金額に該当するとき」と並列的に掲げられていることからすると、評価通達205の(1)ないし(3)に掲げる事由と同視できる程度に債務者の資産状況及び営業状況等が破綻していることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得るときであると解するのが相当である。

② Xらは、A社は1億円以上の債務超過状態であったことから、貸付金等には客観的な交換価値がなく、回収可能性もないから、その時価は零円である旨主張するが、債務超過の一言をもって貸付金等に客観的交換価値がないと断ずることはできない。他に、Xらから、原処分庁の評価額の算定過程自体に不合理な点があることの具体的な指摘はなく、また、合理性を有する鑑定評価等の証拠資料に基づいて、評価通達の定めに従った評価が、当該事案の具体的な事情の下における当該相続財産の時価を適切に反映したものではなく、客観的交換価値を上回るものであることについての主張立証もされていない。そして、当審判所の調査によっても、貸付金等について、評価通達の定めに従って評価した価額をもって、相続税法第22条に規定する時価と推定することを妨げ、あるいは覆すに足る事情は認められない。

③ A社が、評価通達205の(1)ないし(3)に掲げる事由と同視できる程度に、資産状況及び営業状況等が破綻していることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるとはいえず、貸付金等は、評価通達205柱書に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するとは認められない。

④ したがって、貸付金等については、評価通達204の定めに基づき、元本の価額と利息の価額との合計額によって評価するのが相当であり、評価通達205は適用されないところ、貸付金等は無利息であったと推認されるから、貸付金等の価額は、その元本の価額(1億2,769万円余)とするのが相当である。

相続税対策で実施されたDESに係る債務消滅益について税理士法人に説明義務違反があるとされた事例-東京高裁令和元年8月21日判決(金判1583号8頁)(控訴棄却)(上告取下げ・上告受理申立て)

(1)事案の概要

 本件は、不動産の賃貸及び管理等を目的とする株式会社X(原告、被控訴人)が、Xと税務顧問契約を締結していたY税理士法人(被告、控訴人)に対し、税務顧問契約の債務不履行又は不法行為に基づき、損害額合計3億2902万円余及び遅延損害金の支払を求める事案である。

 約11億円の貸金等債権を有するXの前代表者甲の相続税の節税のため、Xに有利な方法(Xが所有する建物及び車両を現物出資して新会社を設立し、新会社の株式を上記債務の一部に対する代物弁済に充てた上で、上記債務の残部については、Xを解散した後に免除した上でXを清算する方法)があるのに、YはXに対してその助言指導をせず、DES(会社の債権者が債務者である会社に対して有する貸金等債権を会社に現物出資し、債権者が会社の株式の割当を受ける方法)を提案し、その際、当該DESによりXに多額の債務消滅益が生じ、法人税が課税されるリスクがあることを説明せず、XがDESを実行したことにより本来支払う必要のなかった法人税等相当額計2億9309万円余の損害などを被ったと、Xは主張している。

 一審の東京地裁平成28年5月30日判決(判タ1439号)は、YがDESにより生じ得るリスクの説明義務を怠った等ということで全額の支払いを命じた。そこで、Yが控訴した。

○本件における認定事実等は、次のとおりである。
① 相続税に係る税務相談
(1) Xは、甲の財産管理会社として設立された会社であり、平成20年2月1日、Yとの間で税務顧問契約を締結した。
(2) 甲は、Xに対して多額の貸金等債権(本件債権)を有していたことから、高額の相続税が発生することを懸念し、Yの当時の担当者丙に対し、相続税対策の必要性等について相談したところ、丙は、平成21年6月頃、甲らに対し、甲の資産評価額は借入金残高を上回っているものの基礎控除の範囲内であるから相続税は発生しない旨を説明した。
(3) 甲らは、その後、取引銀行であるD銀行の担当者に対しても、上記と同趣旨の相続税対策の必要性等について相談したところ、同担当者は、平成23年2月23日付けの書面を甲らに示し、甲が死亡した場合の一次相続、その後甲の妻が死亡した場合の二次相続を併せて7億5000万円を超える相続税が発生する可能性がある旨を説明するとともに、「相続税試算(現時点)」と題するファイルを交付した。上記ファイル中には、「対策案1 デット・エクイティ・スワップの活用」という表題の資料(以下「銀行DES資料」という。)も含まれており、その中には「現物出資方式の場合は、相当額の債務免除益が計上されると思われますので、ご注意下さい」との記載がある。なお、甲らは、上記ファイルをそのまま丙に交付した。 
② Yによる清算方式の提案
 丙は、平成23年6月14日、甲らに対し、本件提案書1を交付し、これに沿って、清算方式による相続税対策を提案する説明をした。
 その概要は、(イ)平成21年当時の状況では相続税は発生しないものと見込まれていたが、その後の借入金額の変動等により、現時点では、本件債権に係る相続税は約6億円になる、(ロ)対応策として、現物出資をして新会社を設立後、Xを清算するという方法が考えられる、(ハ)そのメリットは、Xが債務免除を受けると収益となるが法人を解散することで税額はなく、本件債権が消滅するので甲の相続に係る相続税の課税もないことである、(ニ)そのデメリットは、役員の勤続年数がリセットされること、口座の閉鎖、開設をやり直す必要があること、法人住民税が高くなること等であるなどというものであった。
 甲らは、上記デメリットが強調されているように感じたことから、清算方式が最善の選択肢であるかどうか分からず、清算方式以外にも方法があるのであれば併せて検討してもらいたい旨依頼し、丙はこれを了承した。
③ YによるDES方式の提案
(1) 平成23年6月頃、丙がYを退社したため、Y代表社員及び戊税理士(以下、Y代表社員と戊税理士を併せて「Y代表社員ら」という。)がXの税務顧問に関する担当者となり、甲らの上記相続税対策案件も引き継ぐこととなった。
(2) Y代表社員らは、平成23年7月13日、甲らに対し、本件提案書2を交付し、これに沿って、DES方式による相続税対策を提案する説明をした。
 本件提案書2には、(イ)「現物出資の件(清算以外)」との見出しの下に、Xには繰越利益剰余金がマイナス約10億円あるため、甲が本件債権を10億円まで出資しても株価の評価は0円であるとした上、(ロ)メリットとして、有利子負債の減少に伴う利息支払の軽減、資本金増額における取引先との格付けアップ、債権に係る相続税の軽減の3項目が、(ハ)デメリットとして、交際費全額損金不算入、中小法人の特例が不適用、外形標準課税の導入、法人住民税均等割の増加の4項目が記載され、(ニ)「以上を踏まえまして、現物出資が甲様にとって最も有利と考えられます」という結論が示されているが、債務消滅益に対する課税の可能性や課税がされた場合の具体的な税額の試算等についての記載はない。
(3) 甲らは、上記説明を受けて、DES方式によっても清算方式と同様に法人税課税がされる心配はなく、総合的にみて清算方式よりも有利であると考え、DES方式を採用することとした。
④ 本件DES実行等
 Xは、平成23年8月9日、本件DESを実行するための臨時株主総会を開催し、甲のXに対する長期貸付債権の全額9億9000万円の現物出資の受入れをすること、これを引当てにして普通株式4億9500万株を第三者割当発行すること、これに伴い資本金を4億9500万円、資本準備金を4億9500万円それぞれ増加させることについての決議を得た。こうして、同日をもって、本件DESは実行された。
 なお、Xの資本金額を従前の2000万円から5億1500万円とする増資の登記は同月11日にされたが、Xが大会社となることのデメリットを回避するため、同月30日、資本金の額を2000万円に減資する旨の臨時株主総会決議をし、同年10月3日にその旨の登記がされた。
⑤ 本件確定申告に至るまでの経緯
(1) 平成23年11月28日に甲が死亡したため、その相続人である乙は、平成24年3月頃、Yとは別のB税理士法人に対して相続税の申告を依頼した。乙は、同法人のB代表社員から相続税対策の有無について尋ねられたため、本件DESを実行したことを告げたところ、B代表社員は、Xには債務消滅益に係る法人税が確実に課税されるはずであるとの指摘をした。
(2) 乙及びB代表社員は、本件債権に係る税務処理について確認するため、平成24年3月1日、Yの事務所を訪問した。そこでB代表社員は、Y代表社員から、相続税の申告のために必要な資料の交付を受け、事実関係の説明を受け、本件DESが実際に実行されていることを確認した。B代表社員は、Y代表社員に対し、債務消滅益に係る法人税が確実に課税されるはずであると警告するとともに、自身が受任している相続税申告においては、本件債権は本件DESにより消滅している前提で申告するつもりであると告げた。
(3) 乙は、YとB税理士法人の見解が食い違っていることに困惑し、Y代表社員に対応を確認すると、Y代表社員は、「本件DESはなかった」ことにして法人税等の申告をするつもりであるという方針(以下「本件方針」という。)を示した。これは、DES方式がXの法人税等と甲の相続に係る相続税の双方にとってメリットがあるとしてYが提案し、採用させたという従前の経緯を覆すものであるばかりでなく、現実に本件DESによる増資と減資の登記が経由していることを無視するものであり、そのような強弁が通用するのか疑問を抱かざるを得ない対応であった。
 それでも、乙は、多額の法人税等の課税を回避することができるのであれば、その方法を模索してみようと考え、増資及び減資の登記を錯誤抹消することはできないかをB代表社員に照会するなどしたが、登記の錯誤抹消は困難であるとの回答であり、他に適当な善後策も見当たらない状況となった。しかし、Y代表社員は、B代表社員の上記見解を伝えられても、本件方針を前提に法人税等の確定申告を行うという考えを変えることはなかった。
(4) こうした状態のまま、平成23年5月1日から平成24年4月30日までの事業年度に係る法人税等の確定申告の期限が迫り、乙としては、納得できない思いではあったが、無申告になる事態だけは避ける必要があったこと、債務消滅益の発生を前提とする法人税等の納税資金を急に用立てることは困難であったことから、やむなく、上記申告事務を委任しているYの判断に従って、平成24年6月29日、本件方針を前提とする確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)の提出を了承した。
 本件確定申告書の添付資料中、資本金等について、当期の増減はないものとされ、借入金及び支払利子の内訳書には、甲の本件債権が計上されたままになっているなど、本件確定申告は、本件DESの存在自体を否定する内容になっており、その結果として、本件DESに係る債務消滅益も記載されていない。
 なお、Xは、平成24年4月末の時点において、9億6711万円余の債務超過状態となっており、9億8300万円余の期限切れ欠損金を有していた。
⑥ 本件修正申告に至る経緯
(1) その後、甲の相続に係る相続税申告手続はB代表社員において進められることになったが、B代表社員は、上記のとおり、本件DESによって本件債権は消滅しているという前提で相続税の申告をした。
(2) Xは、法人税等の申告と相続税の申告が全く矛盾した内容になってしまったままにすることはできないと考え、本件DESに伴う債務消滅益の発生を前提とする納税額2億8902万円余の資金手当てが完了するのを待って、平成24年11月19日、同額を納付し、同月20日、B代表社員の作成に係る法人税等の修正申告書を提出した。なお、修正申告では、本件債権を時価評価した上で額面との差額を債務消滅益として益金算入しており、B代表社員は、Xの財政状況等を考慮し、不動産からの収入又はその処分収入しか返済原資が見込めないとして、X所有の不動産の価値を収益還元法により算定して本件債権の時価評価を行った。
⑦ 損害賠償を求める旨の通知
 Xは、Yに対する平成25年2月18日付けの書面(同月19日到達)をもって、現実に納付した税額と適正納税額との差額、本件DESの実行に伴う増資等に係る登記等費用相当額、本件修正申告に伴う延滞税及び延滞金並びに税理士報酬について、損害賠償を求める旨の通知をした。

(2)一審判決要旨(請求認容)(被告控訴)

① Xが、DES方式を実行した時期と同じ時期に清算方式を採用し、これを実行していた場合には、債務免除益に対する法人税及び本件債権に関する相続税のいずれについても、課税が生ずることはなかった。

②  会社法の施行を受けた平成18年度税制改正において、(イ)法人が現物出資を受けた場合の税務上の取扱いは債権の券面額ではなく時価によるものとされ(法人税法2条16号、同法施行令8条1項)、この結果、現物出資する債権の券面額と時価の差額は債務消滅益として認識する必要があるものとされたが、他方、(ロ)経営不振企業の再建を目的として行われるDESの趣旨が没却されないよう、会社更生、民事再生等の法的整理においてDESが行われる場合、DESにより発生する債務消滅益を期限切れ欠損金と相殺することを可能とした(法人税法59条1項1号、2項1号)。なお、グループ内部での現物出資等については、税務上の適格現物出資とされ、上記(イ)の例外として簿価取引が認められることがあるが、本件DESに係る本件債権の現物出資は、適格現物出資には当たらない。以上のとおり、現物出資型のDESにおいて、債務者に債務消滅益課税が発生するリスクがあるということは、平成18年度税制改正以降、税務の常識に属する事項となっており、DESに関する基本的な文献等でも、現物出資型DESのデメリットとして、この課税問題を第一に挙げるのが通例となっていた。

③ 認定判断を総合すれば、Y代表社員は、本件DESに係る債務消滅益と欠損金との相殺の可否について、誤った認識に基づく独自の見解を有していたため、債務消滅益に対する課税を看過又は軽視し、本件DESに伴う債務消滅益に対する課税の問題について、Xに対して、全く又はほとんど説明をしなかったものと認められる。以上によれば、Y代表社員らは本件DESに係る債務消滅益課税のリスクについての説明義務を怠ったことが明らかであり、Yは、この点について債務不履行責任及び不法行為責任を免れない。

④ Y代表社員は、DES方式がXの法人税等と甲の相続に係る相続税の双方にとってメリットがあるとして自ら提案しこれを採用させたという従前の経緯を覆し、「DESはなかった」ことにして法人税等の申告をするという本件方針を示し、そのような扱いが可能であるか疑問に思ったXが再考を促しても当該方針を変えずに、本件確定申告を行ったものである。本件方針がそれ自体支離滅裂であることに加え、Xの登記上、本件DESに係る増資と減資の事実が厳然と公示されている中で、本件DESがなかったという虚偽の事実を押し通して債務消滅益に係る法人税を免れようとする本件確定申告の考え方は、税理士としての基本的な責務を逸脱した違法なものというべきである。よって、Yは、DESはなかったものとする事実と異なる本件確定申告を行ったことにつき、債務不履行及び不法行為責任を免れない。

⑤ Yの説明義務違反がなければ、Xは清算方式を採用したものと合理的に推認され、その場合に納付すべき法人税額は存在しなかったこと、本件DESに伴って必要となった増資及び減資に係る諸費用を支出することもなかったこと、また、Yが事実と異なる本件確定申告を行ったために、Xにおいて本件修正申告を行わざるを得なくなったことなどが認められ、Xは、合計3億2902円余の損害を被ったと認められる。

(3)控訴審判決要旨(控訴棄却)(上告取下げ・上告受理申立て)

①  当裁判所も、Yに対して、税務顧問契約の債務不履行又は不法行為に基づき損害金3億2902円余及び遅延損害金の支払を命じるのが相当であると判断する。

② Yは、Xに対し、Xの顧問税理士として、租税関係法令に適合した範囲内で、Xにとって課税上最も有利となる方法を検討して、その方法を採用するように助言指導する義務を負っているのであり、また、DES方式を提案するに当たり、本件DESにより生じ得る課税リスク、具体的には、本件DESに伴い発生することが見込まれる債務消滅益課税について、課税される可能性、予想される課税額等を含めた具体的な説明をし、法人税及び相続税の課税負担を少なくし、より節税の効果が得られる清算方式を採用するよう助言指導する義務があった。

③ Yは、Xと税務顧問契約を締結した税務の専門家なのであるから、事実に即した内容での申告を行う義務があることは当然であり、にもかかわらず、事実に反して本件DESを前提としない確定申告(本件確定申告)を行ったこと自体、顧問契約上の義務を果たしていないものといわざるを得ないし、本件DESによって法人税が課税されることが避けられず、Xとしては単なる訂正にとどまらず修正申告を行わざるを得なかったのであるから、Yによる本件確定申告が顧問税理士としての義務に違反したものであることは明らかである。

④ Yは、Xの顧問税理士として、当時のXの代表者である甲の相続の際の相続税対策の相談を受け、丙(Yにおける平成23年6月当時のX担当者)が法人税及び相続税の負担が最も少ない方法として清算方式を提示しているのであり、XはもとよりYにおいても甲の相続人らが相続税の課税を受けず、Xが法人税の課税を受けないことも念頭に置いていたというべきである。よって、Xが、甲相続人が相続税課税を免れた上、法人税が生じなかったことを前提にしつつ、Yに対して損害賠賞請求を行うことは、権利濫用に該当するものではないというべきである。

個人馬主事業を営む納税者が、その保有する競走馬の預託先である同族会社に対して有する貸付金に係る貸倒損失を必要経費に算入したが、算入することはできないとした東京高裁令和3年2月10日判決(tains:Z888-2380)(納税者敗訴)(確定)

(1)事件の概要

① 個人馬主事業を営む納税者Xは、自身が保有する競走馬を自身が主宰するA社に預託して預託料を支払っていたものの、A社が赤字であったことから、A社に対し運転資金の貸付けを行った。

② Xは、A社を解散し、上記①の貸付けに係る貸付金(以下「本件貸付金」という。)が回収不能となったことから、その全額を貸倒損失(以下「本件貸倒損失」という。)として、事業所得の金額の計算上必要経費に算入して確定申告を行ったところ、Y(課税庁)は、本件貸倒損失の必要経費算入は認められないとして更正処分を行った。

③ Xは、適法な不服申立てを経て、上記更正処分の取消しを求めて本訴を提起した。

(2)判決要旨

 裁判所は、第一審(東京地裁令和2年3月18日判決・平成30年(行ウ)第37号所得税更正処分等取消請求事件)の判断を引用し、要旨次のとおり判断し、Xの控訴を棄却した。

① 所得税法51条2項にいう「その事業の遂行上生じた」とは、事業所得等の基因となる事業と何らかの関連を有する全ての場合をいうものではなく、当該事業の業種、業態からみて当該事業所得等を得るために必要なものと客観的に認められる場合をいうものと解するのが相当である。

② 個人馬主事業を営む者がその所有する競走馬等の預託先に多額の貸付けをすることは、その事業の遂行上必要なものとは一般的には解し得ない。また、Xは、A社の代表取締役として、銀行から借入れをして利息を支払うよりも、手元の資金でやりくりした方がよいと考えてA社に対する貸付けを行っていたものであり、本件貸付金は、専らXがA社の経営者の立場にあったことに基因するものと解するのが相当である。

③ Xは、A社と一体となってオーナーブリーダー事業(自ら牧場、繁殖牝馬及び種牡馬を保有し、自らの牧場で競走馬を生産・育成し、自らの馬主名義でレースに出走させて賞金を得る馬主兼生産者となる事業)を営んでおり、Xの個人馬主事業の遂行上A社が必要不可欠な存在であったことから、本件貸倒損失を必要経費に算入できる旨主張する。
 しかしながら、Xの個人馬主事業とA社のブリーダー事業との間には一定の相互依存関係があったことは認められるものの、そもそもXとA社は飽くまで別人格であり、株式会社であるA社は、独自の計算において利益を追求していたのであって、X所有の競走馬等を育成する事業のみを行っていたものではないことからすれば、XがA社と一体となってXの主張するようなオーナーブリーダー事業を営んでいたと認めることはできない。

④ 本件貸付金は、XがA社を維持するために、A社の経営者として行った貸付金とみるのが相当であり、Xの個人馬主事業に係る事業所得を得るために客観的に必要であったということはできないから、本件貸倒損失をXの事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。

⑤ なお、Xは、個人馬主事業とA社の事業とを一体のものとして経営判断を行ってきたのであるから、本件貸付金は事業の遂行上生じた債権に該当する旨主張するが、このような納税者の主観的事情によって必要経費の範囲が決定されることになれば、本来明確であるべき必要経費の範囲を不明確にし、租税負担の公平を害するから、当該主張を採用することはできない。