租税特別措置法では、個人が、相続や遺贈によって取得した財産のうち、その相続開始の直前において被相続人又は被相続人と「生計を一にしていた」被相続人の親族の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等のうち一定のものがある場合には、その宅地等のうち一定の面積までの部分については、相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、一定の割合を減額される小規模宅地等の特例が設けられています。

 この特例の適用要件である、被相続人と「生計を一にしていた」親族に該当するか否かであるかが問題となることは多いです。

 被相続人の親族かつ成年後見人である者が事業の用に供していた土地について、小規模宅地等の特例に定める「生計を一にしていた」の要件を充たしていないと判示された横浜地裁令和2年12月2日判決(平成31年(行ウ)10号)・東京高裁令和3年9月18日判決(令和3年(行コ)1号)がありました。

 結果的に、上記の判決では「生計を一にしていた」の要件を充たしていないとされたのですが、成年後見制度を利用していたら、イコール「生計を一にしていた」の要件を満たさないというわけではないと思います。

 成年後見制度を利用することによって、被相続人と相続人(親族)の生活費(支出)は明確に区分されることになりますが、相続人(親族)が被相続人の生活費を負担することを禁じている制度ではないので、生活費の負担をしていれば、また、違った結果となったかもしれません。

横浜地裁令和2年12月2日判決(平成31年(行ウ)10号)・東京高裁令和3年9月18日判決(令和3年(行コ)1号)(棄却)(上告及び上告受理申立て)

(1)事案の概要

 本件の事案の概要は、次のとおりである。
① X(納税者)は、被相続人甲の養子で、かつ、成年後見人であり、甲が所有していた土地(本件土地)上で大工業を営んでいた。Xは、甲の死亡により本件土地を相続し、甲死亡後も自己の事業の用に供していた。
② Xと甲は、それぞれの自宅で生活していて、別居していた。また、Xは、甲の後見事務において、甲の食費、日用品費、水道光熱費、電話料金、訪問介護費、医療費、健康保険料、固定資産税等の日常の費用を支払っており、甲に関する支出や入金を金銭出納帳(以下「本件出納帳」という。)や甲名義の預金口座で管理していた。その甲名義の預金口座にXとの間での出入金は見当たらず、また、本件出納帳で管理されていた現金にXから拠出された現金があることもうかがわれない。そして、Xは、甲の後見人としての報酬の支払を受けていなかった。
③ 甲には、年間約181~197万円の収入(年金収入が約72万円のほか、駐車場の賃料収入、有価証券の配当金など)があり、年間約195~236万円の支出(固定資産税約81万円、食事の宅配代約43万円のほか支援介護費、生活費、水道光熱費など)があった。また、甲は、本件後見開始の審判がされた当時、約1236万円の預金、評価額約2324万円の有価証券を所有していたほか、本件宅地、自宅の建物等の不動産を所有していた。また、Xは大工業を営んでいて、世帯収入は年間約400万円、X自身の収入は年間約300万円であり、甲から経済的な援助を受けていたことはうかがわれない。そして、Xは、所得税の確定申告において、甲を扶養親族としていなかった。
④ Xは、甲と「生計を一にしていた」親族に当たるとして、本件土地に租税特別措置法(以下「措置法」という。)69条の4第1項1号に規定する小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(本件特例)を適用して相続税の申告をした。
⑤ 課税庁が、本件特例の適用は認められないとして更正処分等をしたため、その取消しを求めてZ(亡X訴訟承継人)は提訴した。

(2)争点

 Xは、措置法69条の4第1項に規定する被相続人と「生計を一にしていた」親族に該当するか否かである。

(3)一審判決要旨(棄却)(控訴)

① 本件特例の趣旨は、被相続人等の事業等の用に供されていた小規模な宅地等については、一般にそれが相続人等の生活基盤の維持のために欠くことのできないものであり、その処分に相当の制約を受けるのが通常であることを踏まえ、担税力の減少に配慮したものである。そして、被相続人が所有する宅地等を利用してその親族が事業を営み、その事業によって被相続人及び相続人の生計が支えられている場合には、その宅地等は相続人等の生活基盤の維持のために欠くことのできないものであり、通常、その土地の処分について相当の制約を受けているから、そのような土地を相続した相続人の担税力もまた相当程度減少しており、日常生活の経済的側面の単位でみれば、被相続人の事業の用に供されていた場合と同視できることから、同様の配慮をしたものと解される。
② このような本件特例の趣旨に照らすと、「生計を一にしていた」との要件(生計一要件)は、当該土地を利用してなされる事業の収益によって被相続人と相続人(親族)の生活基盤が維持されるなど、社会通念に照らして、被相続人と相続人(親族)が日常生活の糧を共通にしていた事実を要するものと解するのが相当である。
③ 本件についてみると、(1)甲の日常生活に係る費用は、甲名義の口座内の預金及び当該預金等を原資とする現金から支出されていたこと、(2)Xは、大工業による相応の収入があり、甲から経済的な援助を受けていたとはうかがわれないこと、(3)Xと甲は同居しておらず、Xは、所得税の申告において甲を扶養親族としていなかったことなどからすれば、Xと甲は、日常生活の糧を共通にしていたとはいえず、「生計を一にしていた」とは認められないものというべきである。

(4)控訴審判決要旨(棄却)(上告及び上告受理申立て)

 原判決を維持し、下記補足する以外は、原判決の理由による。
 Zは、租税特別措置法69条の4第1項は、明文上、所得税法56条の「生計を一」概念をそのまま用いていることから、同条と同様、かなり幅広く財布(生計)を一つにしている状態を対象にしているものと考えるのが相当である旨主張する。
 しかし、本件特例が適用されるか否かを判断するためにその要件を検討するに当たっては、所得税法56条と同様に解することは相当ではなく、あくまでも本件特例の趣旨(担税力の減少への配慮)に従って解釈すべきであるから、Zの主張は、採用することができない。