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 税務署に行って職員に税務相談をし、その指導された通り申告をしたが、その申告は間違いだということで別の課税処分が行われることはままあります。また、税務調査の際の担当者の指導に従った修正申告をしても、それに反した課税処分もまま行われることがあります。

 納税者からすると税務署職員の指導に従ったのに、それは間違いだという処分がされるのは納得いかないことでしょう。ただし、基本、税務書職員も人間なので誤指導をするというのは、当然ありうるということです。

 納税者が納得できなく争うとすると、本税の課税処分については「信義則の適用」について、当該本税に係る加算税の賦課決定については「正当な理由」の問題が生じます。

信義則(信義誠実の原則又は禁反言の原則)の適用

 税務署職員の誤指導により誤った申告をした場合、納税者は救われるのかということについては、信義則(信義誠実の原則又は禁反言の原則)の適用問題が生じることになるのですが、信義則の適用要件については、最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決(集民152号93頁)で結着をみています。

最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決要旨
「租税法規に適合する課税処分について信義則の法理の適用による違法を考え得るのは、納税者間の平等公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合でなければならず、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たつては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示し、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになつたものかどうか、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責に帰すべき事由がないかどうか、という点の考慮が不可欠である。」

 「納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合」でなければならないということであり、まず、これが認められる可能性は極めて低いと思っていた方がよいです。

 つまり、税務署職員の誤指導により誤った申告をした場合でも、本税の課税処分については、納税者が救われることはまずないと思った方がいいです。

 なお、上記最高裁判決によれば、信義則の適用要件は幾つかありますが、第一の適用要件である「税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示」が充足されなければ、他の適用要件を論ずるまでもなく信義則の適用はないということになります。

 よって、どのようなものが「税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示」に該当するかが重要な問題となります。

 この問題については、見解の分かれるところでもありますが、一般的には、税務署長その他責任ある立場にある者の正式な見解、回答や通知、法令の解釈に関する通達の公開等は代表的な例とされています。

 つまり、単なる一税務署職員の指導・助言では、これには該当しません。

過少申告加算税における「正当な理由」

 上記で、税務署職員の誤指導により誤った申告をした場合でも、本税の課税処分については、納税者が救われることはまずないと思った方がいいと書きましたが、本税に係る加算税の賦課決定については「正当な理由」によって救われる場合があります。

 修正申告書の提出又は更正に基づき納付すべき税額に対して課される過少申告加算税につき、その納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて「正当な理由があると認められる」ものがある場合には、その事実に対応する部分についてはこれを課さない(通法65④)こととされていますが、どのような場合に「正当な理由」があるかについては、最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決(民集60巻4号1611頁)で結着をみています。

最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決要旨
「『正当な理由があると認められる』場合とは、真に納税者の責めに帰することができない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である。」

 納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合ですが、納税者側の主観的な事情や税法の不知や誤解は「正当な理由」に当たらないと解されており、課税庁側の対応が納税者の誤解に加担していた場合には、「正当な理由」に当たると解される場合が多いです。そして、実務では、このことが最な問題とされています。

「正当な理由」が税法上の課税要件に係る解釈・適用の問題であるのに対し、信義則の適用が税法にとっては超法規的要請であることからすれば、同じく課税庁の対応を問題として課税処分の違法性が争われるとしても、「正当な理由」に関する要件の方が一層弾力的に解釈されるべきことになるものと考えられています。

 すなわち、本税の課税処分に信義則が適用されなくても、当該本税に係る加算税の賦課決定が「正当な理由」によって違法となることがあります。

 例えば、那覇地裁平成8年4月2日判決(税資216号1頁)では、納税者が株式売買による所得を申告しなかつたのは、納税者が故意にこれを隠したものではなく、税務職員が納税相談において誤った回答をしたことに原因があるとして、信義則の適用は認められないものの、「正当な理由」に該当するとして、過少申告加算税の賦課決定処分が取り消されると判示しました。

那覇地裁平成8年4月2日判決要旨
「本件についてみるに、本件で原告が株式売買による収入を所得として申告しなかつたのは、原告が故意にこれを隠したものではなく、原告の3回にわたる問い合わせに対して、各税務署職員が、税務官庁の公的見解とはいえないとしても、いずれも誤つた回答をしたことにその原因がある。とするならば、過少申告加算税の趣旨からすれば、本件において、原告にこれを課すのは酷に過ぎ、相当でない。したがつて、本件過少申告加算税賦課決定処分は、すべて不適法といわなければならない。」

税務職員の指導に反した処分について、信義則に反する違法な処分とは認められないとされた事例-平成30年2月9日裁決(東裁(所)平29第83号)(棄却)

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人Xが、源泉徴収等の特例の適用を受ける特定口座(源泉徴収選択口座)において生じた上場株式等に係る譲渡損失の金額を含めずに平成27年分所得税等の確定申告をした後、当該損失の金額について平成28年以後に繰り越すことを求める平成27年分所得税等の更正の請求をするとともに、平成28年分所得税等について、上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上、当該損失の金額の一部を控除するなどして確定申告をしたところ、原処分庁が、①当該更正の請求については、Xが当該損失の金額を所得税等の納付すべき税額の計算から除外して平成27年分の所得税等の確定申告をすることを選択したのであるから更正をすべき理由がないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分をし、また、②平成28年分所得税等については、上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上、当該損失の金額の一部を控除することはできないなどとして更正処分等をしたのに対して、Xが、当該更正の請求及び各確定申告は、原処分庁所属の職員の指導を信頼して行ったものであり、これに反する処分がされたことは信義則に反する違法な処分であるとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

○本件におけるXの申告状況等は、次のとおりである。
① 平成27年中において、Xは特定口座(源泉徴収選択口座)内保管上場株式等の譲渡損失(以下「本件譲渡損失額」という。)が生じた。Xが平成28年1月4日にA証券会社から交付を受けた平成27年分の特定口座年間取引報告書(以下「本件報告書」という。)には、その旨の記載がある。
② 平成28年3月3日、Xは平成27年分所得税等の確定申告をしたが、翌年以後に繰り越される上場株式等に係る譲渡損失の金額等の記載はなく、また、上場株式等に係る譲渡損失の金額の計算に関する明細書その他の財務省令で定める書類も添付されていなかった。
③ 平成28年中において、Xは上場株式等の譲渡益が生じた。
④ 平成29年2月22日、Xは原処分庁所属の相談担当職員(以下「本件相談担当職員」という。)に対して本件報告書を提示した上で、要旨次の事項について相談した。
イ 本件27年分申告書を提出済みであるが、改めて本件譲渡損失額を平成28年以後に繰り越す旨の申告ができるか否か。
ロ 平成28年分の株式の譲渡による所得の申告をどのようにすればよいのか。
 同日、これに対し、本件相談担当職員は、本件報告書を確認した上で、Xに対して、平成27年分所得税等については更正の請求書(以下「本件更正の請求書」という。)を作成し、また、平成28年分所得税等については本件更正の請求書に基づく更正がされる前提で本件28年分申告書を作成するよう指導した。
 同日、Xは、本件相談担当職員の指導を受けた後、次のイ及びロに掲げる各書面を作成した上で、これらを原処分庁に提出して平成27年分所得税等の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)及び平成28年分所得税等の確定申告(以下「本件28年分申告」という。)をした。
イ 本件譲渡損失額を平成28年以後に繰り越すことを求める旨の本件更正の請求書
ロ 本件更正の請求に基づく更正がされることを前提として、平成28年分の上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上、本件譲渡損失額の一部を控除した同年分の所得税等の確定申告書

(2)裁決要旨(請求棄却)

① 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、当該法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特段の事情が存する場合に、初めて当該法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、当該特段の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に当該表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の当該表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点を考慮する必要がある(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決・集民152号93頁参照)。
② Xは、平成27年分申告及び平成28年分申告並びに本件更正の請求が原処分庁所属の職員の指導に基づくものであり、当該指導をXが信頼したにもかかわらず、本件各処分がされたことは信義則に反する旨主張する。しかしながら、税務相談は、相談者の申立てに基づき、その範囲内で、行政サービスとして納税申告をする際の参考とするために一応の判断を示すものであって、その助言どおりの納税申告をした場合には、その申告内容を是認することまでをも意味するものではなく、最終的にいかなる納税申告をすべきかは、納税義務者の判断と責任に任されているというべきところ、Xが主張する事実、すなわち、本件相談担当職員が、(イ)平成27年分の特定口座年間報告書を確認した事実、(ロ)Xに対して更正の請求をするように指導した事実及び(ハ)Xに対して平成28年分の上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上、本件譲渡損失額の一部を控除して本件28年分申告をするように指導した事実がそれぞれ認められるものの、Xが主張する各指導は、いずれも税務相談における税務職員の助言等であって、税務官庁(原処分庁)が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したものとは認められない。
③ 以上のとおり、本件においては、原処分庁がXに対して信頼の対象となる公的見解を表示したものとは認められず、また、他に租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特段の事情が存するとも認められないことから、Xの主張を採用することはできない。

東京地裁令和3年4月23日判決

(1)事案の概要

① 原告Xは、自己が保有するA社株式を同社に売却したことにより、その対価1億1000万円(以下「本件対価」という。)を得た。

② A社は、本件対価のうち1億円がみなし配当に該当することを前提に源泉徴収を行い、Xにみなし配当の金額1億円及び源泉徴収税額2042万円を記載した支払調書を交付した。

③ Xは、本件対価に係る所得の申告につき、税理士事務所事務員を伴って税務署の窓口で相談したところ、税務署の職員は譲渡所得に該当する旨回答(以下「本件回答」という。)した。なお、相談はカウンター越しに直立した状態で行われ、Xが持参したA社の資料は当該職員に対して何ら提示されなかった。

④ Xは、本件対価を譲渡所得とする申告書を税理士事務所事務員に作成させたところ、事務員から税理士事務所の見解として本件対価のうち1億円はみなし配当に該当すると考えられるため、当該申告書に税理士事務所の押印はできない旨告げられたが、Xは、同申告書(以下「本件申告書」という。)をそのまま提出した。

⑤ Y(課税庁)は、本件対価のうち1億円はみなし配当(残り1000万円は譲渡所得)に当たるとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)を行ったところ、Xは、本件各処分は信義則に反して違法であるとして本訴を提起した。

(2)本件の争点

① 本件各処分に、信義則に反する違法があるか。
② Xの過少申告につき、国税通則法(以下「通則法」という。)65条4項所定の「正当な理由」があると認められるか。

(3)判決要旨(国側勝訴/確定)

① 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、当該課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、同法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて同法理の適用の是非を考えるべきものである。

② そして、上記特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者が当該表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に当該表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の当該表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるというべきである(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決・集民152号93頁参照)。上記公的見解の表示に当たるためには、少なくとも、その内容に沿った取扱いを確実に受けられると信頼してしかるべきものによる表示に限られるというべきであり、税務署長その他責任ある立場にある者の正式な見解の表示であることが必要であると解すべきである。

③ 税務相談は、税務調査によらず、相談者の一方的な申立てに基づく範囲内で指導・助言を行うものであり、相談の範囲は多岐にわたり短時間での回答を求められるものであるから、その回答の正確性にはおのずと限界があり、その内容のとおりに納税申告をした場合にその申告内容を是認することまでをも意味するものではないのであって、最終的にどのような納税申告をすべきかは納税者の判断と責任に委ねられているというべきであり、税務署長その他責任ある立場にある者の正式な見解の表示であると受け取られるような特段の事情のない限り、信頼の基礎となる公的見解の表明には当たらない。

④ 本件の税務相談の状況に鑑みれば、本件回答の正確性にはおのずと限界があるものであることは客観的にも明らかであるというべきであり、本件回答が公的見解の表示であると受け取られるような特段の事情も認められないから、本件の更正処分に信義則の法理は適用されない。

⑤ 通則法65条4項にいう「正当な理由があると認められる」場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁参照)。

⑥ 仮にXが本件申告書の提出に当たり本件回答を信頼していたとしても、Xが自己の判断と責任において本件対価が譲渡所得に当たるとして本件申告書を提出したというべきである上、Xは、確定申告前に、A社から配当等とみなされる金額及び源泉徴収税額が記載された支払調書の送付を受け、さらに、本件対価を譲渡所得とする申告書の作成を依頼した税理士事務所の見解として、本件対価はみなし配当に当たると考えられるので、上記申告書には税理士事務所としての押印ができない旨を告げられていたことからすると、Xは、本件申告書の提出に当たり、本件対価が譲渡所得に該当しない可能性を認識していたと認められる。これらの点に鑑みれば、真にXの責めに帰することのできない客観的事情があるとはいえず、Xの過少申告につき通則法65条4項所定の「正当な理由」があるとは認められない。